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リリーの同窓会


第2章 旅のキャラバン

初夏の風が心地よく吹きわたっていく。
暖かな陽光が、ゆるやかにうねる小麦畑を、黄金色に照らしている。
どこまでも続く小麦の穂が、風に揺れ、さわさわと潮騒のような音を奏でている。
その小麦の波を縫うようにして、子供たちが明るくはしゃぐ声が響いてくる。 どうやら、小麦畑の中で、かくれんぼか追いかけっこをしているようだ。
子供たちは、いずれも10歳前後であろうか。畝と畝の間を走り、時には長く伸びた葉と穂をかき分けるようにして、夢中になって遊んでいる。むき出しの腕や足はすり傷、切り傷だらけだが、まったく気にしてはいない。
そのうちのひとり、栗色の髪を耳のあたりで切りそろえた女の子が、ふと足をとめた。しゃがみこむと、麦の影に完全に隠れてしまう。
少女は、そっと耳をすませた。
他の子供たちが、少し離れた場所で、相変わらず歓声をあげているのが聞こえる。
だが、少女の耳は、別のかすかな物音をとらえていた。
規則正しく並んだ麦の株の根方、すべるような、かさかさという音を。
そして、何物かが動く気配も。
少女は、そっと畝を回りこみ、反対側へ出る。
髪と同じ栗色の瞳で、麦と土の境界線のあたりを見守る。
数本の穂が、風にそよぐのとは違う、不自然な動きをした。
「いた!」
少女は叫ぶと、すばやい動きで地面に手を伸ばす。
「つかまえた!」
少女がつかみ上げたのは、長さ50センチほどの、褐色のヘビだった。
右手でとらえたヘビを、左手に持ち替え、首の根元を苦しがらせない程度に軽く握る。空いた方の右手は、尻尾に近いところをしっかりつかんでいる。
そうやって、少女はヘビに頬擦りした。ヘビの肌はしっとりと湿っていて、ほてった肌には気持ちいい。
少女は、そのままヘビを隠すように持って立ちあがると、他の子供たちの方へ、ゆっくりと近づいていく。
「あ、エリー、何してんだよ、こっち来いよ!」
男の子のひとりが、少女に気付き、手招く。
「あ、ハンス、今行くよ」
答えると、エリーは、にやにや笑いたくなるのをこらえて、ハンスに近づく。
もちろん、丈高い麦の穂に邪魔されて、エリーが何を持っているのかハンスには見えない。
最後の畝を越えると同時に、エリーは、
「ハンス、いいものあげるよ!」
言いざま、両手を差し出してヘビをハンスに突きつける。
「ひゃ・・・うわあ!!」
びっくりしたハンスは、麦の穂の中に倒れこむ。ハンスはヘビが苦手なのだ。まあ苦手ではないにしろ、いきなり目の前にヘビの鎌首を差し出されたら、誰だって驚く。
「なんだ?」
「どうしたんだよ」
他の子供たちも、駆けつけて来る。
「ほら、見て見て!」
と、エリーは栗色の瞳をくりくりさせて、得意げにヘビを高く差し上げる。日差しの中に引き出されて、ヘビは迷惑そうだ。しかし、逃げようともがくことはない。エリーに害意はないことを、ヘビも本能的に感じ取っているのかも知れない。
ヘビに気付くと、子供たちは、口々に言いたてる。
「わ、またヘビかよ。エリーも好きだな〜」
「よく持てるよな、そんな気味悪いやつ。噛みつかれても知らねえぞ」
「あはは、ハンス、腰抜かしちゃって、かっこ悪〜い」
ハンスは、下半身が麦の中に埋もれたまま、両手を激しく振って、
「エリー、頼むよ、そいつをどっかへやっちゃってくれよ」
と情けない声で言う。
「あははは、エリーの勝ち〜」
子供たちがはやす。
エリーはそっと手を下ろすと、ハンスのいる場所と反対の方向を向いて、ヘビを放してやった。
ヘビは少しの間じっとしていたが、やがてするすると畝の間に姿を消していった。
ハンスを助け起こそうとしてやると、ハンスは首を振って断る。
「わ、やめてくれよ。ヘビを触った手で、つかむなよ」
そして、別の男の子の手を借りて、立ちあがった。
「このお返しは、いつかしてやるからな」
「やれるもんなら、やってごらんなさい」
エリーは言い返す。いつもの他愛ないいたずらで、こんなことで恨みが残るわけでもないことは、お互いにわかっている。
「さ、続きをやろうぜ」
誰かが言い、追いかけっこの続きを始めようと、一同が畑の中に散ろうとした時だ。
「ちょっと待って、みんな」
エリーが叫んだ。
「どうしたんだよ、エリー」
子供たちが振り向く。
エリーは顔を起こし、目を閉じて、なにかに聞き入っているようだ。
「聞こえる・・・」
エリーはつぶやいた。
潮騒のような畑のざわめきの向こうから、聞きなれない音が、かすかに聞こえてくる。
他の子供たちの耳には、まだ何も届いてはいない。しかし、エリーの耳が人一倍いいことは、みんなが知っている。
鈴の音、馬のいななき、車輪がごとごとと回る音・・・。
「なにか、来るよ!」
エリーはさっと身をひるがえすと、畑の中を、村外れの方向へ向かって走った。
他の子供たちは、わけもわからず後に続く。
村外れには、『ロブソン村』と書かれた標識が立てられており、何本かの木が緑の葉を豊かに茂らせ、涼しい木陰を作っている。
エリーは、そのうちの一本の木に手をかけ、するすると猿のようによじ登っていく。そして、大きく横に張り出した大枝に足をかけ、ひょいと立ちあがった。
「エリー! なにか見えるか?」
下でハンスが叫ぶ。
エリーは右手をかざし、太陽の光のまぶしさに目を細めながら、うねうねと畑の中を縫って続く街道を遠くまで見やった。
黄金色にたなびく麦の穂の向こうに、ぽつりと黒い点が見えた。
見る間に、それは大きくなり、馬に乗った男の姿と知れる。
その背後に、白い幌をかけた荷馬車が続く。馬に引かれた荷馬車は、何台も続いているようだ。
先頭の馬に乗った男が鳴らしているのだろう、先触れの鈴の音が澄んだ音色を響かせている。
もう、下の子供たちにも、何が村に近づいてきているのか、わかっていた。
「キャラバンだ!」
子供たちが歓声を上げる。
エリーも木から下りると、はしゃぎまわる子供たちの群れに加わった。
そして、子供たちの何人かは、キャラバンの到着を村へ知らせに走り、残りの子供たちは、エリーも含めて、旅人たちを出迎えに駆け出していった。
なにしろ、ロブソン村にキャラバンが訪れるのは、数年ぶりである。子供たちの心の中には、前回キャラバンがこの村を訪れた時の楽しい記憶が、生き生きとよみがえってきていた。軽業師の芸や、異国の踊り、世界中から集められてきた珍奇なものの数々・・・。
小麦の収穫を間近に控えたロブソン村に、今、キャラバンが到着しようとしていた。

久々のキャラバンを迎え、ロブソン村はお祭り気分に浸っていた。
本来は、小麦の刈り取りが終わった後に夏祭りが行われるのだが、それはそれとして、村長以下、村全体がキャラバンを歓迎していた。
村の中央広場のはずれには、幌馬車が何台もとめられ、広く枝を広げた『妖精の木』の木陰では、市が開かれていた。
キャラバンが、遠くの町から運んできた品々が、日用品から装飾品まで、即席の台の上に並べられ、村のおかみさんや子供たちが、物珍しげに見入っている。かと思えば、ロブソン村名産の小麦粉やベルグラド芋をキャラバンの料理人に売りつけようとしている村人もいる。
別の広場では、色の浅黒い楽士が南方の音楽を奏で、肌もあらわな踊り子が、幻想的な舞を舞っている。その隣では、ヘビ使いが鳴らす笛の音に合わせてコブラが鎌首を揺らし、剣を呑んで見せる手品師の技に村人たちが拍手を送っている。
そんな中、エリーは母親に連れられて、幌馬車のひとつに歩み寄っていた。
馬具をはずされた馬車の入り口には厚い布が掛けられている。染め抜いた飾り文字は、『イルマの占い館』と読めた。
入り口の脇に座っている少女に小銭を手渡すと、エリーと母親は即席の館の中へと足を踏み入れた。
馬車の床にはやわらかな布が敷き詰められ、壁にはランプの光に照らされて、星座や幻獣をモチーフにした絵が描かれているのが見える。
正面に座っているのが、占い師のイルマだろう。顔の下半分をヴェールで隠し、ゆったりとしたローブをまとっている。年齢のほどは、よくわからない。20歳とも40歳とも取れるような、若々しさと経験を併せ持った、神秘的な瞳をしている。
「どうぞ、お座りください」
イルマが、落ち着いた声でうながす。
母親は、エリーをイルマの正面に座らせ、自分はその隣に斜めに座った。
「占い師様・・・。今日は、うちの娘の占いをしてほしいんですが・・・。この子の将来を占ってくれませんか」
イルマは軽くうなずくと、エリーを見やった。
エリーは物珍しそうに内部の装飾を見まわしていたが、イルマの視線を感じ、黙って見返す。
「あなた、名前は・・・?」
「エリー」
ぽつりと答えるエリーに、母親はあわてたように、付け足す。
「本名は、エルフィール・トラウムといいますだ」
「そう・・・。では、占ってみましょう。目を閉じて、心を落ち着けて。そうね、なにか、楽しいことを思い出してみてね」
イルマは言うと、長方形をカードの束を手に取り、切り混ぜはじめた。
ある程度、切り終わると、カードの山を自分とエリーとの間の床に置く。
「じゃあ、目を開けて。このカードの山を、ふたつに分けてもらえるかな?」
エリーは、不思議そうな顔でカードの裏面の模様を見つめたが、言われたように、真中あたりでカードの山を分ける。
こうしてふた山になったカードのうち、片方の山をイルマは取り去った。
残った山をエリーに示し、
「これを、もう一度、切り混ぜて」
エリーは言われた通り、少しぎこちない手つきで切り混ぜる。次第に興味が募ってきたのだろう、ランプのオレンジ色の光に照らされた栗色の瞳が、輝いている。
「では、始めます」
イルマは静かに言うと、山のいちばん上のカードを手に取る。
「これは、あなたが生まれながらに持っているものを示します」
カードをひっくり返し、床に置く。
そこには、剣を持った戦士の姿が描かれていた。
「これは、“力”のカード・・・。あなたは、生まれながらに、なにか隠された力を持っている・・・。不思議な星のもとに生まれた娘・・・」
これを聞いた母親が、はっと息をのんだ。エリーは、きょとんとして聞いている。
次に、イルマは2枚目のカードを開く。
「これは、現在のあなたを示します・・・」
開かれたカードには、図案化された、燃える太陽が描かれていた。画面の下の方に広がる大地は、暖かなぬくもりの中で穏やかな時を過ごしているように見える。
「“太陽”のカード。あなたは、今、とても暖かな家族や友達に囲まれています・・・。そして、あなた自身も、家族や友達に幸せを与えています」
イルマに微笑みかけられ、エリーはにっこりと笑った。
「そして、これが近い将来のあなた・・・」
と、イルマは3枚目のカードを開いた。
そこに描かれていたは、暗い風景を背に、回転する重々しい車輪の絵だった。
イルマの声が、かすかに震えた。
「“運命の輪”・・・。なにか、大きな出来事が、あなたに起きるでしょう。それがいいことなのか、悪いことなのかは、わかりません・・・。でも、きっとそれは、あなたの一生を左右するような出来事に違いありません」
母親は、不安げにエリーとイルマを見やった。その表情は、こんなところに連れてくるのではなかった、と後悔しているかのようだ。
イルマは、再びカードの山に向かう。
「これが、最後のカード・・・。あなたに大きく影響を与える人、または物を示します・・・」
カードを開く。
エリーは、身を乗り出してのぞき込んだ。
そのカードには、薄緑色のローブを着て、杖を持った、長い金髪の女性の姿が描かれていた。
イルマは、ゆっくりとつぶやくように言った。
「これは、“魔術師”のカードです・・・」
そして、占いは終わった。
母親は、とってつけたようなお礼を言うと、まだ残っていたそうな娘の手を引いて、そそくさと帰っていった。
イルマは、エリーの運命を示した4枚をカードを手に取り、物思いにふけった。たしかに、カードが示すものは象徴に過ぎない。解釈の仕方は、幾通りもあるのだ。しかし、それにしてもあの子は・・・。
入り口の布が揺れ、受付の少女が顔をのぞかせる。
「あの・・・、イルマ様、お客様が・・・」
イルマははっと我に返ると、次の客に向かう心の準備を整える。
ところが、入ってきたのは占いのお客ではなかった。
「ははあ、ここが『占いの館』ですか。すると、どうやら首尾良く目的の場所にたどり着いたようですな。うんうん、やっぱりボクの計算は正確だったというわけだ」
かんだかい声でひとりごとを言いながら入ってきたのは、緑色の服を着て、同じ色の帽子をかぶった小さな男の子だった。
だが、イルマには、その子の正体がすぐにわかった。なぜここにいるのかまでは、見当もつかなかったが。
「あなた・・・妖精さんね!」
ずっと昔、友人だった錬金術師の工房で、何度も見かけたことがある。錬金術の材料の採取から、調合の手伝いまで、なんでもやってくれる便利なお手伝いさんだ。
「ご明察。ボクは、ペーターといいます。占い師さん、あなたは、占い師のイルマさんで間違いないでしょうな。いや、ボクの計算が間違うはずはないのだが、念のために確かめようと思いましてな」
「ええ、間違いなく、イルマはあたしだけど」
「そうですか。それはよかった。実は、イルマさん宛ての手紙を届けるように言付かってきていまして。いや〜、渡せてよかった」
と、妖精ペーターは、一通の封書をイルマに差し出す。
封筒の表には、大きなユリの花がきれいに描かれ、ほのかに花の香りまでたちのぼってくる。裏返してみたが、差出人の名前は書いていない。
でも、イルマには相手が誰なのか、はっきりわかっていた。
ユリの花・・・。リリー・・・。その花のように、しとやかな娘に育つようにと名づけられたという親友の名を、誰が忘れるものか。
震える手で、そっと手紙を開く。
書かれた文字を目で追っていくうちに、イルマの目はうるんできた。
読み終わると、手紙を胸に抱きしめるようにして目を閉じ、大きく息をはいた。
ペーターはその様子をながめたまま、居心地悪そうにもじもじしていたが、イルマが再び目を開くと、
「それじゃ、ボクは用が済んだので、失敬するとしますかな」
と、よちよちと出て行こうとする。
「あ、ちょっと待って」
イルマがふと気付いたように声をかける。
ペーターが振り向く。
「なんですかな。まだなにか?」
「あなたは、なぜ、あたしがロブソン村にいることを知っていたの?」
いぶかしげなイルマの声に、ペーターは目をくるりと回して答える。
「実は、アカデミーの怖いおばさんに命令されましてな、ザールブルグ近郊でお手伝いをしていた妖精全員が、占い師さんや冒険者さん、雑貨屋さんが旅している可能性があるすべての村や山や森に、一斉に送り出されたのですよ。もちろん、会えない可能性の方が大きいわけですから、計算上は非常な労力のムダだと思えるのですが・・・。まあ、ボクたち妖精は、命令されたことは何でもやらなければいけませんからな、ボクはちゃんと計算して、出会える可能性の高い目的地を選んだわけです。そして、その通りに占い師さんに出会えた。わが計算の勝利ですな」
イルマは目を丸くして、ペーターの話を聞いていた。
やがて、口を押さえ、くすくすと笑い出す。
「ほんとね、すごいアイディアだわ。まあ、あのふたりなら、そのくらいのことは考えかねないけど・・・」
イルマの脳裏には、いつもケンカを絶やさなかった、それでいて息はぴったりだったふたりの少女の面影が浮かんでいた。

その日の夜、イルマはキャラバンのリーダーのところへ行った。
「次の旅の目的地が決まりました」
このキャラバンは、旅をする際に、イルマの占いの結果を参考にして、進むべき街道を選んだり、次の交易場所を決めたりしている。だから、がっしりした体にひげをたくわえた初老のリーダーは、黙ってイルマの言葉に耳を傾けた。
「東の方角が吉と出ています。しかも、にぎやかなところが良い、と。これから出発すれば、ちょうど夏祭りの頃にザールブルグへ着きます。いちばんの稼ぎ時ですよ」
焚き火の炎を見つめながら、しばらく考え込んでいたリーダーは、顔を上げると大きくうなずいた。
「いや、まったくその通りだ。イルマ殿、相変わらず、あなたの占いは正確ですな。次の目的地は、ザールブルグに決定です」
この決定は、たちまちのうちに、焚き火を囲んだキャラバンのメンバーの間を駆け巡っていた。ざわめきが広がり、歓声も聞こえる。
リーダーに一礼すると、ざわめきを背に、イルマはきびすを返した。
(ほんとは、今回は占いも何にもしていないんだけれどね)
自分の馬車に戻りながら、イルマはぺろりと舌を出した。
星空を振り仰ぐ。満天の星が、ひそやかにまたたいて、宝石を撒いたかのように広がっていた。
(同窓会か・・・。カリンにエルザにテオ。シスカさんにヴェルナーさん・・・。みんな、どこで何をしてるんだろう・・・)

<ひとこと>
そういえば、まだちびエリーを書いたことがなかったな、と思って、書いてみました。というか、この時代設定だと、エリー世代のメンバーは全員ちびキャラになってしまうわけで(汗)。それと、イルマがやっている占いはタロットです。ゲーム中では占星術になっていましたが、イルマならいろいろとできるだろうと(笑)。ただ、作者はあまりタロットに詳しくないので、間違った描写をしてしまっているかもしれません。ご容赦ください。


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