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リリーの同窓会


第8章 武器造りの心得

「こんにちは。失礼しますよ」
ノックの音とともに、眼鏡をかけた銀髪の青年が工房に入ってくる。
「あらクライス、珍しいわね」
相変わらず産業廃棄物に埋もれた中で、マルローネが振り向く。
「別に来たくて来たわけではありません。・・・それにしても、相変わらず散らかっていますね。こんな中で調合作業するなんて、常識を疑ってしまいます」
「余計なお世話よ。それより、何の用なの?」
「依頼に来たのですよ。もっともこれは、私の個人的な依頼ではなく、アカデミーからの依頼と思っていただきたいのですが」
「ふうん、アカデミーからねえ。で、依頼の内容は? あたしだって、暇を持て余してるわけじゃないんですからね。それなりに忙しいんだから・・・」
「『燃える砂』を100個お願いします」
「他にも依頼をいろいろと抱えているんだから・・・って、えぇえ、100個ぉ!?
目を丸くするマルローネに、クライスはすまして続ける。
「できれば200個お願いしたいところですが、あなたにも限界というものがあるでしょうからね」
「そんな・・・『燃える砂』を100個なんて、いったい何に使うのよ」
「アカデミーの生徒全員が、爆弾を作る実習をするとのことです」
「へ!? 全員で爆弾?」
マルローネは口をあんぐりと開けた。
アカデミーには250人あまりの生徒がいる。その全員が爆弾を作るというのだ。マルローネでなくとも、びっくりする。
「いったいどうするつもりなのかしら。戦争でもしようというの?」
「さあ。聞いた話では、夏祭りの出し物として、爆弾を使った大掛かりな仕掛花火をやろう、ということらしいですが」
「うわあ、爆弾を使った花火ですって!? 面白そう。あたしも参加しようかな」
マルローネが目を輝かせる。
「おやめなさい」
「なんでよ!?」
「あなたに人ごみで爆弾をいじらせるなんて、無謀もいいところです。ケガ人が何人出るかわかりません」
辛辣に言われ、不満そうにマルローネは黙り込む。
クライスは右手で眼鏡の位置を整え、きびすを返す。
「それでは、お願いしましたよ」
その時、工房のドアが開き、緑色の服を着た小さな姿が顔をのぞかせる。
「こんにちは〜、お姉さん、また森で採れたものを持ってきたよ〜。なにか買わない?」
「あら、パテット、いらっしゃい」
2ヶ月に1回、行商にやってくる、妖精のパテットだ。
クライスがふと思い出したように、パテットに声をかける。
「そういえば、『ハチの巣』は扱っていますか?」
パテットはにこにこして答える。
「うん、『ハチの巣』ならあるよ。採れたてのピチピチだよ〜」
「ならば、全部ください」
「へ、全部?」
パテットの目が点になる。マルローネもびっくりして聞き返した。
「全部なんて、クライス、どうする気なのよ」
振り返って、クライスは苦笑して見せた。
「私も、期限までに『ロウ』を200個作らないといけないものですからね。『ハチの巣』は、後でアカデミーの方に届けてください。よろしくお願いしますよ。では、マルローネさん、失礼」
クライスは後も見ずに帰って行く。
マルローネはしばらくぼうっとしていたが、やがてはじかれたように立ち上がった。
「ピッコロ! ピッコロ、いる!?」
ピッコロというのは、マルローネが雇っている茶妖精の名だ。
「は〜い」
と、作業台の下から、白い粉にまみれたピッコロが顔を出す。
「ああん、ピッコロ、何をぐずぐずしているのよ!」
「ふぇ? でも、ボク、お姉さんに頼まれた『研磨剤』の調合を・・・」
「そんなのどうでもいいから、すぐに採取に行って! ヴィラント山で、『カノーネ岩』をたっぷりと採って来るのよ。大至急よ、いい!?」
「は・・・はい!」
ピッコロはあたふたとつまずきながら、採取かごを背負うと、工房から飛び出していった。
「さあ、こうしてはいられないわ。準備、準備っと」
マルローネは作業台に向かう。
「それにしても、爆弾の実習かあ・・・」
マルローネはうらやましそうな口調で、うっとりとつぶやき、夢見るような表情を浮かべた。自分がいつも、採取先で爆弾騒ぎを起こしていることなど、すっかり忘れ果てていた。

「こんにちは。ゲルハルト、いる?」
「おう、カリンじゃねぇか。何だい、今日は」
所狭しと剣や槍、鎧兜が並べられた棚を背に、武器屋の主人が振り向く。
「それにしても、その名前で呼ばれるのは久しぶりだな。懐かしいぜ。なんか、自分が呼ばれたんじゃないような気分だ」
「あら、それじゃ、町のみんなと同じように、『親父さん』と呼んであげてもいいのよ。それに・・・」
と、カリンは自分の頭をつるりとなでて、付け加える。
「ゲルハルトといえば、長い黒髪が付き物だったのに、今じゃ1本もないものねえ」
「う、うるせぇ! 余計なお世話だ」
言い返すゲルハルトの頭は、ものの見事にはげあがっている。
「それよりも、聞いた? リリーが帰って来るんだって」
カリンが目を輝かせて言う。その青い目の輝きは、若い頃と少しも変わらない。
「おぅ、俺んとこにも手紙が来たぜ。夏祭りの頃だってな」
「いいの? そのままで。その頭じゃ、あなただってこと、リリーには絶対わからないと思うわよ」
カリンはくすくすと笑う。
「てやんでぇ、髪はなくとも心は錦よ! 俺とリリーは、心で通じ合ってるんだぜ。わからないはずがあるかい」
「ふふふ、まあ、それは当日のお楽しみね。・・・ところで、ゲルハルト、今日来たのは、お願いがあるからなの」
まじめな口調になったカリンに、ゲルハルトも真顔になる。
「そう・・・か。やっぱり、あの噂は本当だったのか」
「ええ、そろそろ潮時かな・・・って」
「寂しくなるぜ、ファブリック製鉄工房がなくなるなんてよ」
「だって、仕方ないじゃない。女だてらに、40越えてまで、ハンマーを振りまわすわけにもいかないしね」
「あんたの息子がいるだろう。後を継がせるわけにはいかねえのかい」
「ああ、だめよ、あの子は・・・。どうやら父親に似たらしくて、本を読んでばかりだもの。アカデミーへ入りたいって言ってるわ」
カリンの夫というのは、かつて東の台地に城を構えていたベルゼン元侯爵である。書物に埋もれて暮らしていたベルゼン侯爵の血を、かれらの息子も受け継いでいるということなのだろう。
「それでね・・・。お願いっていうのは、他でもないの」
と、カリンは武器屋のカウンターに身を乗り出す。
「うちの工房の設備を、あなたのところで使ってくれないかと思って」
「な、何だって!?」
「ここにも、地下室はあるでしょ?」
「あ、ああ。物置にしか使ってないがな」
「あなたの腕なら、武器の改造や製造もできるでしょ。ほら、以前、リリーに『グラセン鋼の杖』を作ってあげたことがあったじゃない」
「まあな。たしかに、武器を右から左に流すだけじゃなく、自分の手でこしらえてみたいって気持ちはあるぜ。それにしても・・・」
ゲルハルトは、頭をかいた。
「だから、お願い。工房を閉めるにしても、かまどや炉をそのまま眠らせてしまうには忍びないのよ。あなただったら、武器と同じように、武器造りの道具もかわいがってくれるはず。ね、お願いよ」
カリンの真剣な表情に、ゲルハルトも胸を叩いて答えた。
「よし、あんたの気持ちはよくわかったぜ。全部まとめて、引き受けてやろうじゃねえか」
「本当!? ありがとう、ゲルハルト」
その時、店の扉が押し開けられた。
「失礼する」
聖騎士の青い鎧に身を固めた、がっしりした体格の黒髪の騎士が入ってくる。王室騎士隊長エンデルクだと、すぐにわかる。その後ろから、やや細身だが身長はエンデルクと変わらない、金髪の男が続いた。
エンデルクがこの武器屋を訪れるのは、そう珍しいことではない。だが、もうひとりの男に気付いて、カリンが目を丸くする。
「ウルリッヒさん・・・」
カリンがまだ若く、リリーやゲルハルトとともに冒険をしていた頃、ウルリッヒは王室騎士隊の副隊長だった。その後、エンデルクが現れ騎士隊長に昇格したのを機に、ウルリッヒは第一線を引退している。
「おお、カリン殿もいたのか。ちょうどよかった」
やや顔をほころばせ、静かな声でウルリッヒは言った。
「実は、武器を用意してもらいたいのだ」
「はあ、武器ですか。それだったら、なんなりと・・・」
ゲルハルトが答える。
ウルリッヒはエンデルクに目配せして、言う。
「うむ。だが、いささか大量なのだ。銀の剣と銀の槍を、騎士隊の人数分、そろえていただきたい」
「ええっ!?」
「何だって?」
カリンもゲルハルトも驚いて叫んだ。
シグザール王国には、21人の聖騎士がいる。しかし、それ以外の騎士たちの数は、その数倍にも及ぶ。その全員に新たな武器をそろえようとすれば、おおごとである。
「細かいことは、後程、エンデルクと打ち合わせしていただこう。なお、この件については、他言無用に願いたい」
ウルリッヒとエンデルクが帰っていくと、カリンとゲルハルトは、あらためて顔を見合わせた。
「銀の武器を・・・」
「騎士隊の人数分だって? こりゃあ、とんでもねえ大仕事になるぞ。それにしても」
と、ゲルハルトはあごに手を当てて考え込んだ。
「いったい、何に使うんだろうな。例えば・・・」
言いかけたゲルハルトを、カリンが手で制する。
「おっと、そこまで。他言は無用だって、ウルリッヒさんが言ってただろ。武器造りの商売を長続きさせる秘訣はね」
と、カリンは口の前で人差し指を立てた。
「依頼人のことを、とやかく詮索しないことだよ」
「あ、ああ、そうか」
「さて、それじゃ、ファブリック工房、閉店前の大仕事といくかね。準備、準備っと・・・」
しかし、自分の工房に戻る道筋、カリンは考え込まざるを得なかった。
(銀の武器か・・・。銀といえば、聖なる金属だよね・・・。魔物に対して、圧倒的な力を発揮する金属だ)
カリンはさらに思いをめぐらす。
(騎士隊全員で、魔界に殴り込みをかけるとか・・・? ふふ、まさかね)

<ひとこと>
ううう、ザールブルグ居残り組ってのは、ストーリーを考えるのが難しいです。特にゲルの場合、例の公式設定(ゲル=親父)というのがしっくり来ないもので・・・。結局、マリーの時代の「武器屋の親父」という視点ではなく、20年後のゲルハルトという視点で書いてみました。
今回、伏線だらけという感じではありますが、その謎は、いずれ明らかになることでしょう。


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