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〜ふかしぎアンケート感謝プレゼント小説<なかじまゆら様へ>〜

名探偵クライス 第2話

彼女が創り出したもの [解明篇] Vol.3


「もう! ほんとに親父さんったら、無茶なんだからぁ!」
「まだ包帯も取れてないし、身体も痛いはずだろ? よくやるよな」
「はあ・・・、はあ・・・、待って・・・ください。マルローネさんこそ、無茶は・・・はあ、しないでくださいよ」
「クライス! あんた、こういうことになると、てんで役立たずなんだから。黙って留守番してればよかったのに!」
「そういう・・・ぜえぜえ、わけにも・・・、いきません」
「ついて来られないなら、置いてくわよ!」
ピッコロの知らせを受けるとすぐ、俺たちは街を出て、森へ向かおうとした。ハドソン夫人の台所の片付けは、マリーが向こう1ヶ月間、無料で工房を実習用に貸すという条件でルイーゼに押しつけた。
西日がアーベント山脈へ向かって傾いていく中、舗道に長い影を落として、俺たちは道を急いだ。かなりの速さで走ったため、ザールブルグの外門を出る頃には、早くもクライスの息はあがっていた。
自分を襲った怪物に仕返しをしてやる・・・そう言い残して、武器屋の親父はフローベル教会のベッドを脱け出したらしい。そして、自分の店から鋼鉄製の槍を持ち出し、腕や足、頭などに包帯を巻きつけた姿のまま、わめきながら街を出ていったという。
「見えないなあ・・・」
足を止めて前方をすかし見たマリーがつぶやく。俺も答える。
「とにかく、森へ向かったことは間違いないんだ。なにか起こる前に止めなくちゃ」
「その・・・通りです」
ようやく追いついて来たクライスが、あえぎながら言う。
その時、森の方角から近付いてくる1台の馬車が見えた。
商人や近隣の農夫が使っている荷馬車ではなく、きらびやかに装飾の付いた、屋根付きの立派な4頭立ての馬車だ。おそらく、ザールブルグの貴族階級の誰かが乗っているのだろう。
「あ、ちょっと、すみませ〜ん!」
マリーが駆け寄り、声をかける。驚いた御者が、あわてて手綱を引き、馬を止める。相手が貴族だろうと王族だろうと、臆することなく堂々と話しかけられるのが、マリーのすごいところだ。
「あの・・・この辺で、武器屋の親父さんを見ませんでしたか?」
「はあ? 何のことじゃ?」
年老いた御者は、首をかしげて聞き返した。これはマリーの質問のし方が悪い。いくら『職人通り』の名物男とは言っても、貴族に仕えているこの御者が、武器屋の親父を知っているとは思えない。
俺は割りこんで、親父の人相風体を、老御者に説明した。
「ああ、その人なら、さっきすれ違ったよ。すごい勢いで、森の奥へ走って行った。気が違ったみたいな勢いでな・・・」
「ありがとう、おじいさん!」
マリーはお礼を言って、すぐに走り出す。
御者が鞭を入れ、ごとごとと馬車が動き出した時、ふと視線を感じて、すれ違いざまに俺は馬車の窓に目をやった。
馬車の窓から身を乗り出すようにして、10歳くらいの女の子が、じっとこちらを見ていた。栗色の髪に、ピンクのドレスを着て、エメラルド色の瞳を大きく見開いて、子供にありがちな無遠慮さで俺たちを見つめている。
俺がにっと笑ってやると、少女はぷいと顔をそむけ、馬車の中に引っ込んでしまった。まったく、子供ってやつは、かわいくない。
「ルーウェン、何してるの、行くよ!」
マリーの声に、俺は気を引き締めなおし、何が待っているかわからない森の奥へ向かった。

森の様子は、いつもと変わらなかった。まだ日が差しているためか、夜の森で感じるような不気味な雰囲気はなく、とても平和に見える。
だが、奥へ進むにつれ、俺は背筋がぞくぞくしてくるのを感じていた。
なにか、危険なものに近付いている。冒険者の本能が、そう教えてくれるのだ。
気が付けば、昨夜、ヘルミーナ先生を目撃した空き地の近くに来ていた。
「気を付けろ、マリー。近いぞ!」
無鉄砲に茂みをかき分けて突っ込んでいこうとするマリーに怒鳴る。
そのとたん・・・。
大地を揺るがすような轟きが、森のざわめきを圧して響いた。耳に聞こえた、というより、全身で感じたという方が正しい。
「何だ!?」
「あっちよ!」
「気を付けてください!」
俺たちは武器を確かめると、意を決して茂みを抜ける。
茂みを出たとたん、地面に転がっている人の身体に気付いた。死んではいないようだ。身じろぎし、うめいている。そばには、ぐにゃりと曲がった鋼の槍が放り出されている。
あちこちに巻かれていた包帯はずたずたになり、新たな血がにじんでいる。
「親父さん!」
マリーが抱き起こす。親父は一声うめくと、切れ切れに言葉を絞り出す。
「だめだ・・・。『うに』を投げて、誘い出したのはいいが・・・。俺の手にゃ、負えねえ・・・」
クライスが、はっと息をのむ。
「出るぞ!」
異様な殺気を感じた俺は、叫んだ。
空き地の向かいの森が、どよめいた。
ばりばりと音をたてて幹が砕け、土ぼこりが舞う。地震のような振動に、大地が震える。
「きゃあ!? 何なの、これ!?」
その姿を見たマリーが叫ぶ。感情をなくしたような口調で、クライスがつぶやくように言う。
「これです・・・“彼女が創り出したもの”の正体は。『生きてるうに』が、変異して怪物化したものですよ」
それは、まさに『うに』そのものだった。形と大きさが桁違いなことを除けば、の話だが。
その怪物は、子供が粘土細工で作った不恰好な人形を、そのまま巨大化したように見えた。材料は、もちろん『うに』だ。茶色い、無数の『うに』が、重なり合い、繋がり合って、ずんぐりした巨体を形成している。全体の大きさは、高さも幅も、人間の数倍はある。また、材料となっている『うに』のひとつひとつも、とてつもなく大きい。普通の『うに』の10倍近く、人の頭ほどもある。そして、その怪物のもっとも不気味な点は、短い不恰好な手と足らしきものがあり、頭部もあって、どこか人の形に似ていることだった。
「うに・・・魔人・・・」
マリーがつぶやく。おとぎばなしに出てくる魔人を連想したのかも知れない。
「ど・・・どうすりゃいいんだ?」
剣を抜いてはみたものの、俺は立ち尽くしていた。こんな怪物に剣を振るって立ち向かったところで、弾き飛ばされ、押しつぶされるのが関の山だろう。
ずしん。
鈍い音を立てて、『うに魔人』(マリーが付けた名前を使わせてもらう)が一歩前に踏み出す。幸い、その動きは鈍いようだ。倒すことができるかどうかは別問題だが。
「おい、クライス」
俺は横目でクライスを見た。こうなったら、クライスの知恵に頼るしかない。
じっと『うに魔人』を見つめていたクライスは、鋭い声で叫んだ。
「マルローネさん! メガフラムを!」
「ほいきた!」
マリーが、手にしていた赤黒い爆弾を怪物めがけて投げつける。
「いっけえ〜〜〜っ!!」
爆発音とともに、壮大な火柱があがり、怪物を包む。
「やったか・・・!?」
煙が晴れると、先ほどとまったく変わらない『うに魔人』の姿があった。一瞬、動きを止めたかに見えたが、再びのろのろと動き出した。
「うそぉ!? 効いてないよぉ!」
マリーが悲鳴に近い声で叫ぶ。
その時、背後の薮がざわめき、戦鎧に身を固めた数人の男が現れた。
「何事だ!?」
青く輝く鎧を着けた男が叫ぶ。どうやら、巡回中の王室騎士隊の分隊が、異変に気付いて様子を見に来たのだろう。
「何だ、こいつは!?」
分隊長らしい聖騎士は、驚きの声をあげたが、すぐに気を取り直す。
「怪物め!・・・総員、突撃!」
部下に命令を発し、自らも聖騎士の剣を抜き放って突っ込んでいく。
「おい、無茶だ!」
俺の声に耳を貸す間もあればこそ・・・。
『うに魔人』が、腕らしき部分を、なぎ払うように振った。
突進した騎士たちは、避けることができない。弾き飛ばされた騎士は、地面や木の幹に叩きつけられる。手甲や胸当てに守られていない部分の黒い肌着はずたずたになり、鎧そのものも衝撃にへこんでいた。
「ちょっと! 大丈夫?」
マリーが騎士たちに駆け寄ろうとする。クライスが鋭い声で止める。
「マルローネさん!」
「何よ!」
「負傷者は私たちに任せて、爆弾を投げ続けてください」
「だって、あいつには効かないのよ!」
「少なくとも、動きを止めることはできます」
「わかった!」
マリーが次々にメガフラムを投げつける。爆発が森を揺るがし、熱風が木々を焦がす。だが、『うに魔人』は動きこそ止めたものの、ダメージを受けた気配はない。
「おい! しっかりしろ!」
俺が助け起こした聖騎士は、うめいて意識を取り戻した。だが、身体はわなわなと震えている。魔物退治に慣れた騎士でさえ、こんな怪物にお目にかかるのは初めてなのかも知れない。
聖騎士は、剣を支えにしてよろよろと立ち上がると、部下に叫んだ。
「全員、撤退! 援軍を要請する!」
そして、くるりと背を向けると、おぼつかない足取りながらも、さっさと逃げ出してしまった。他の騎士たちも、算を乱してその後を追う。
「こらぁ! それでも騎士なの!? 逃げちゃダメじゃない! 市民を守る義務と責任はどうなってるのよ!?」
爆弾を手にマリーが怒鳴ったが、応える騎士はいない。まあ、あの様子では、この場にとどまっていたとしても、助けにはなるまい。こういう状況では、マリーの方がよほど頼りになる。
「どうするの、クライス!? このままじゃ、爆弾がなくなっちゃうよぉ!」
マリーが叫ぶ。クライスは、必死な表情で考え込んでいた。
その間にも、爆弾攻撃の間隔が空いたためか、怪物は徐々に動き始め、俺たちに迫ってくる。
「クライス!」
「だめです・・・。私たちの戦力では・・・」
「何、気弱なこと言ってるのよ!?」
『うに魔人』は、既に空き地の中央まで来ていた。巨大な影が迫る。もう、逃げるしかないのか・・・。


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