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〜ふかしぎアンケート感謝プレゼント小説<なかじまゆら様へ>〜

名探偵クライス 第2話

彼女が創り出したもの [解明篇] Vol.4


その時・・・。
「ネーベルディック!!」
鋭い声とともに、巨大な水柱が地面から湧きあがり、怪物の巨体を包んだ。夕立のような水しぶきが俺たちにも振りかかる。霧のようなしぶきをすかして頭上を振り仰いだ俺は、ほうきにまたがり、杖を持った女性の姿を見た。
「ヘルミーナ先生・・・?」
つぶやくようなマリーの声に、クライスの声が重なる。
「水属性の魔法攻撃・・・!?」
「ふふふふふ。また会ったわね」
俺たちのそばに降り立つと、ヘルミーナ先生は怪物に目を向けたまま、言う。
「余計なことに首を突っ込むなと言ったはずよ・・・」
「成り行きです」
「ふふふふふ、まあ、どうでもいいわ。それより・・・」
杖をかざす。
「こいつは、かなり厄介な相手ね」
いつになく真剣な表情だ。
(おいおい、自分がこの怪物を創ったくせに、何を他人事みたいなことを言ってるんだ?)
俺は思ったが、言葉にしている余裕はない。
「ネーベルディック!」
もう一度、水柱が立ち、怪物を押し包む。しかし、水が流れ去り、しばらくすると、水にぬれて更に黒々とした色になった『うに魔人』は、またものろのろと前進を再開した。
「あまり効き目はないようですね」
クライスの口調は冷静さを取り戻していた。
「困ったわね・・・。魔法陣を描いている時間はないし」
ヘルミーナ先生が謎めいたことを言う。
「来るよ! どうしよう!?」
気を失った武器屋の親父を背後の木陰に引きずり込んだマリーが、戻ってきて叫ぶ。
その声をかき消すように、閃光が走り、雷鳴が轟いた。
「シュタイフブリーゼ!!」
雷光に撃たれた『うに魔人』は、全身を火花に被われ、しびれたように動きを止める。
「イングリド先生まで!」
頭上を見たマリーが叫ぶ。
「ヘルミーナ・・・! あなた、なんということを!」
ほうきから降り立ったイングリド先生は、怪物から目を離さず、厳しい口調で言い放つ。
「あなたの知ったことではないわ。余計な真似はしないでちょうだい」
ヘルミーナ先生の冷ややかな声。イングリド先生は、怒りを含んだ声で、
「まったく・・・あなたって人は、昔から、そう。いつも、自分ひとりで抱え込んで、自分勝手に動いて・・・。放っておくわけにはいかないじゃない!」
怒りを叩きつけるように、杖を振り下ろす。
「シュタイフブリーゼ!」
「ひゃっ!」
マリーが、自分が雷に襲われたかのように頭を押さえ、首をすくめる。イングリド先生の怒りには、本能的に反応してしまうのだろう。
再び雷光に貫かれた『うに魔人』は、一瞬よろめいたが、やがて威嚇するように腕をゆるゆると持ち上げる。
「雷属性の魔法も、さして効果はありませんか・・・」
考え込んでいたクライスが、ふと顔を上げる。
「全体攻撃ではだめでも、攻撃を一点に集中すれば・・・」
クライスは、みんなを呼び集め、自分の作戦を説明する。
「危険だわ・・・。大丈夫なの?」
イングリド先生が俺を見る。
「やるしかないでしょう」
貧乏籤を引くことになった俺だが、覚悟は決めている。
「やらないよりはましってところかしら。ふふふふ」
「よぉしっ! それじゃ、いくよ〜!!」
マリーは叫ぶと、飛び出していった。怪物の側面に回りこみ、杖から電光を飛ばす。
「ほ〜ら、こっちだよ! こっちへおいで〜!」
怪物はゆるゆると向きを変えると、マリーを追うように踏み出す。
その隙に、俺は森を回りこんで、空き地に面したなるべく高い木によじ登る。
こずえの高みに上りつめると、剣を抜き、枝をすかして空き地を見やった。
マリーを追った『うに魔人』は、森へ近付き、手の届きそうなところまで来ている。その頭は、俺が今いるところとほぼ同じ高さだ。
「ルーウェン、お願い!」
マリーが一目散に茂みへ飛び込む。
怪物が、一瞬、足を止めた。
「今だ!」
俺は抜き身の剣を両の手で逆手に握り締め、思いきり枝を蹴った。
怪物の茶色くとげに被われた表面が、目前に迫る。
宙を飛んでいる間、不思議に時間がゆっくり流れているように感じられた。
ずっと昔、これと同じようなことをした気がする・・・。ふと思った。ああ、そうだ、そういえば、初めて武器屋の親父と会ったのも、その時だったっけ・・・。
俺の身体は、自然に動いた。頭で考えていたのでは追いつかない。ここは、筋肉と反射神経が頼りなのだ。
「くらえ!」
枝から飛んだ勢いと、地面に落ちていく勢いに助けられて、俺は怪物の胸のあたりに、剣を深々と突き立てた。
同時に、曲げた両足で怪物の胸を強く蹴る。ブーツの底に、ちくちくした無数の針のような感触があったのは、一瞬のことだ。
俺は、一回転して地面に転がり、すぐに起き上がると、怪物から離れようと走った。
「今です! イングリド先生!」
「シュタイフブリーゼ!!」
クライスの叫びとイングリド先生の気合のこもった声が重なる。
森へ飛びこみざま、振り返った俺は見た。
『うに魔人』の胸に突き立った、俺の銀色の剣に、まばゆい雷光が轟音とともに降り注ぐのを。剣を焦点に凝縮された雷光は、青白い光球となって弾け、蜘蛛の巣のような電光が怪物の全身に走る。
「やったか!?」
「止めを!・・・ヘルミーナ!」
イングリド先生が杖をかざす。
「仕方がないわね・・・」
ヘルミーナ先生も、杖を構える。
ふたりの口から、裂帛の気合がこもった声がほとばしる。
「光と――!」
「闇の――!」
「――コンチェルト!!」

突如、降って湧いたように光の円筒が現れ、怪物を覆い隠した。その中を、無数の黒い矢が走る。次の瞬間、光は漆黒の闇に取って代わられ、闇の中を七色の光の矢が飛び交う。そして再び、闇は光へ・・・。
「す・・・ごい」
マリーが息をのむ。
「なるほど・・・。複数の属性の魔力を合成した合体魔法攻撃ですか。マルローネさんの爆弾は火属性、ヘルミーナ先生の魔法は水属性、イングリド先生の魔法は雷属性。そして、これは魔属性と闇属性・・。しかし、もし、これで倒せなければ・・・」
耳に届くクライスのつぶやきは半分も理解できなかったが、俺は魅入られたように、その光景を見つめていた。
光と闇の奔流が途切れると、そこに仁王立ちしている『うに魔人』が見えた。そのとげだらけの表面は焼け焦げ、あちこちからぶすぶすと煙を上げている。
俺たちが声もなく見守るうちに、怪物はぐらりとよろめき、地響きをたてて倒れた。
「やったあ!!」
マリーが歓声をあげる。イングリド先生とヘルミーナ先生も、ほっとしたように顔を見合わせた。
しかし・・・。
「おい!」
最初に気づいたのは俺だった。
ぴくり、と怪物が動いたのだ。マリーの工房で、『生きてるうに』が動いたのと同じように。そして、両腕を地面に突くような格好で、のろのろと起きあがろうとしている。
「うそ・・・!?」
マリーが手を口に当てる。
あれほど強烈な魔法攻撃に耐え、そいつは間違いなく、まだ生きていた。
ヘルミーナ先生が舌打ちする。
「参ったわね。すごい生命力」
「感心してる場合じゃないでしょう。もう1回やるわよ!」
イングリド先生が再び杖をかざす。だが、クライスが止めた。
「魔力の無駄です。ここまで見てきたところから判断する限り、魔法攻撃ではこの怪物に止めを刺すことはできません」
「では、どうすればいいと言うの?」
「強力な物理攻撃なら、あるいは・・・」
怪物は、再び膝をつき、立ち上がろうとしていた。
「ああん! どうするのよ!? 物理攻撃って言ったって・・・」
マリーの声は悲鳴に近い。
「待て・・・。何だ?」
俺は耳をそばだてた。どこかで、馬のいななきが聞こえる。
そして、リズムを刻むようなひづめの音。
「あれは・・・!」
マリーの声と重なるように、森をかき分けるようにして現れた大きな軍馬が、棹立ちになっていなないた。騎乗者が、するりと降り立つ。馬は、本能的に怪物に怖れをなしたのか、そのまま来た方角へ駆け去った。
青い聖騎士の鎧をきらめかせ、新来の男はゆるりと進み出た。長い黒髪が風になびき、氷のような鋭い眼差しがあたりを射る。
「エンデルク様!? どうして?」
マリーの驚きの声に、王室騎士隊長エンデルク・ヤードはちらりと笑みを口元に浮かべた。
「爆弾が破裂する音が続けて聞こえたのでな・・・。それに、来る途中、退却してくる分隊とも出会った・・・。かれらの報告は、意味をなしていなかったが・・・」
そして、漆黒の瞳で怪物を見据える。
「まさか、このような魔物がザールブルグの近くにひそんでいようとはな・・・」
エンデルクは、ひときわ大きい聖騎士の剣を、すらりと抜き放った。
『うに魔人』は、既に立ちあがり、ゆるゆると動き出そうとしている。俺が突き刺した剣は、雷攻撃の衝撃のためか、焼け焦げ、根元でぽっきりと折れていた。
「フッ・・・、ひと太刀浴びせたのか。大したものだ・・・」
エンデルクはつぶやくと、剣を顔の正面に構える。
「ザールブルグの平和と安寧を乱す魔物は、わが誓いし聖騎士の剣にかけて、倒す」
言い放つと、エンデルクは突進した。一筋の青い矢のように。
「アインツェルカンプ!!」
光の竜のように、剣が振り下ろされ、薙ぎ上げられた。
飛びすさったエンデルクが、剣を鞘に収める。
そのカチリという音と同時に、『うに魔人』は揺らぎ、轟音とともにばらばらになって崩れ去った。大地に散らばったその破片は、生命を失ったかけらに過ぎなかった。その辺の森の中に無数に転がっている『うに』と同様、間違いなく“死んで”いた。
「すっごい! さすがエンデルク様!」
マリーの叫びに、息を乱すこともなくエンデルクは答えた。
「いや・・・。やつは既に、おまえたちの攻撃で力を失っていたのだろう・・・。私は、最後の仕上げをしたに過ぎない・・・」
そして、エンデルクは、複雑な表情を浮かべて立ち尽くしているイングリド先生を見やった。その冷徹な眼差しからは、騎士隊長の心中を推し量ることはできない。
「このような未知の魔物がザールブルグ近郊に出現したことについて、アカデミーからなにか見解はあるか・・・?」
イングリド先生は、ぴくりと身を震わせたが、低い声で答える。
「いえ、現時点では・・・。ですが、調査の上、報告書を王室に提出させていただきます」
「ふむ・・・。この事件には、情報部も関心を持つことだろう・・・。よろしく頼む」
エンデルクはあたりをもう一度見まわすと、用事は済んだとばかりに、うっそりと去っていった。

しばらく、俺たちは何の言葉も口にできず、立ち尽くしていた。マリーは木の枝で、『うに魔人』の破片を恐る恐る突ついている。クライスは木の幹にもたれて、何事か考えをめぐらしているようだった。
やがて、イングリド先生がヘルミーナ先生をじろりとにらみ、厳しい口調で言う。
「それで・・・? 何か申し開きすることがあるかしら、ヘルミーナ?」
ヘルミーナ先生は、腕組みをしたまま、視線をそらした。イングリド先生は、追い討ちをかけるように続ける。
「わたくしが心配していたことが、すべて事実になってしまった・・・。錬金術をもてあそび、手に負えない怪物を創り出したあげく、ザールブルグ市民を傷つけ・・・。騎士隊にも報告せざるを得ないでしょう。なぜ黙っているの? すべては、ヘルミーナ、あなたの責任なのよ!」
「責任を取れと言うなら、取ってやるよ」
ヘルミーナ先生は、傲然と言い放った。そして、口元に自嘲気味の笑みを浮かべる。
「だけどね、言っておくけど、あの怪物は、わたしが創ったのではない。・・・いまいましいことにね!」
吐き捨てるように言うと、くるりと背を向け、『空飛ぶほうき』にまたがろうとする。
「待ちなさい! 今さら何を言っているの!?」
追いすがろうとするイングリド先生を制して、クライスがつかつかとヘルミーナ先生に歩み寄る。そして、耳元に口を寄せ、しばらく何事かをささやきかけていた。
ヘルミーナ先生がぴくりと身を固くする。そして、まじまじとクライスの顔を見た。クライスが冷徹な視線を返す。
と、ヘルミーナ先生は複雑な表情で軽く笑みを浮かべると、おもむろに『空飛ぶほうき』で飛び立ち、あっという間に夕焼け空に点となって消えていった。
「クライス、あなた、何を言ったの?」
イングリド先生の問いに、クライスは首を横に振った。
「もう、疲れました。昨夜は一睡もしていないものですからね。ルーウェンくんも、マルローネさんもでしょう。怪物はもう消えたのです。急ぐ必要はありません。お話は、一晩ぐっすり眠ってからにさせていただけませんか」


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