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〜70000HIT記念リクエスト小説<Juno様へ>〜

風のゆくえ Vol.2


Scene−4

「ほんま、堪忍や。あのリンゴが、そないに大事なもんとは知らなかったんや」
マトリと名乗ったその男は、手を合わせて謝った。
体力を消耗し尽くして気を失っていたクライスをかついで、エンデルクが戻ってきた時には、マリーもマトリも木を下りて来ていた。
「まあ、いいわよ。他にもなっているリンゴが見つかったんだから。でも、あの時はほんとにびっくりしたんだからね」
そう言うマリーの採取かごの中には、あの後、別のリンゴの木の上で見つけた『常若のリンゴ』が収められていた。
そして、マトリを含めた一行4人は、強風を避けて丘のふもとまで戻ってきていた。
「それにしても、あなた、何者なの? なんか、しゃべり方も変だし」
マリーは、好奇心丸出しでマトリに問い掛けた。クライスは、会った時からずっと、胡散臭げに視線を送っている。エンデルクの表情は平静で、心の内は読み取れない。
マトリは、見かけは20代の半ばだろうか。浅黒い肌は、南の方の出身ではないかと思わせる。髪は金髪だが、マリーに比べるとやや白っぽい。長く伸ばしており、三つ編みにまとめて無造作に後ろに垂らしている。男っぽい精悍な顔つきだが、菫色の目が若干たれており、自然に愛嬌を感じさせる要素となっている。左の頬には白く長い傷跡らしきものが残っている。
服装は、ひとことで言えば、異国風とでも言えばいいのだろうか。少なくとも、ザールブルグ近辺で見かける格好ではない。黒い肌着の上に、絵文字のような文様が入ったゆったりした緑色の上衣をまとい、腰にはオレンジ色の布を巻いている。
マトリは、エンデルクの冷徹な眼差しやクライスの不審げな視線を気にする様子もなく、主にマリーに向かって話しかける。
「俺はなあ、まあ言ってみれば、旅から旅の風来坊や。お天道様の動きに合わせて、あっちの国からこっちの国、風の向くまま気の向くまま、歩きまわってる。今まで、北の方を動き回ってたんやけど、たまには南の方にも行ってみようかって思ってな」
「でも、お金は? どうやって稼いでるの」
「ああ、俺、手品師なんや。行く先々の町や村で手品を見せて、日銭を稼いでるんや。そや、一丁、見せたろか。お代はいらんで」
言うと、マトリはふところから、虹色に光るこぶし大の球を取り出した。大仰にかざして見せ、それを左手に乗せる。次いで、右手で取り出した黒いスカーフをかぶせ、それをマリーに向けて突き出すと、「はい!」という掛け声と共にスカーフを取り去った。そこに現われたのは、七色の花に彩られた小さな花束だった。
「マリーちゃん、あんたへのプレゼントや。お近づきのしるしに、とっといてや」
「わあ、すごいすごい!」
花束を受け取ったマリーがはしゃぐのを横目で見ながら、クライスが冷たい口調で言う。
「ふん、単なる子供だましですね。大方、服の袖に隠しポケットでも付いているのでしょう。マルローネさんも、こんなちゃちな手品に喜んでいるようでは、精神年齢を疑われますよ」
マトリの表情が固くなった。マリーがとりなすように言う。
「あ、気にしちゃだめよ。クライスの嫌味は、生まれつきなんだから」
「悪かったですね、生まれつきで」
マトリはクライスに初めて気付いた、とでもいうように視線を向ける。
クライスは、眼鏡の奥から見返す。
マトリは、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「なんや、さっきから見てるけど、ずいぶんと無愛想な兄ちゃんやなあ。もっと笑わんと、人生おもろないんやない?」
「余計なお世話です。あなたのような軽薄な人間に、生き方をとやかく言われたくありませんね」
クライスは、ぷいと横を向いた。マトリは肩をすくめ、マリーに向かって苦笑して見せる。
その時、エンデルクが口を開いた。
「その、腰につけている剣だが、かなり珍しいもののようだな。ちょっと見せてくれぬか」
エンデルクの視線はマトリの左の腰に注がれている。マトリは、やや湾曲した短めの剣を抜くと、鞘ごとエンデルクの方に差し出した。
「この剣な、ジャンビーヤっていうねん。確かに、この辺では珍しいかも知れへんな。ま、護身用やけど」
エンデルクはその剣を受け取ると、すらりと引きぬいた。反り返った刀身を太陽にかざす。鞘と柄には異国風の紋様があしらわれている。刃こぼれひとつない刀身は、陽光を浴びて銀白色に輝いた。
「うむ」
エンデルクは軽くうなずくと、剣を鞘に収め、マトリに返した。
マトリは、あらためてエンデルクの全身を見やった。
「それにしても、兄さん、ごっついなあ。持ってはる剣もごっついし。そないな重そうな鎧つけてはるってことは、騎士さんなのん?」
「そうよ、エンデルク様はシグザール王国が誇る聖騎士隊の隊長なんだから」
得意げにマリーが説明する。
「そっか、そないに強いお方が一緒やったら、安心して旅ができるってもんやな」
そして、マトリはふと考え込む表情になった。
「なあ、あんたら、これから、どないするのん?」
「え・・・? まだしばらくは、このメディアの森で採取を続けるつもりだけど。まだ集めてない材料があるしね」
マリーが代表して答える。マトリはにっこりと人懐っこい笑みを浮かべた。
「そっか、そしたら、俺も手伝わせてもらうわ」
「へ?」
「マリーちゃんには、リンゴの件で迷惑かけたしな。どうせ俺も、行くあてもあらへんねん。マリーちゃんのためなら、何でも探したるで」
マトリの言葉を聞きながら、エンデルクはクライスの表情を見やっていた。
クライスはなにか言いたそうに口をぱくぱくさせたが、言葉がうまく見つからなかったのか、憮然とした表情で空を見つめている。
「さ、そうと決まれば、さっさと仕事にかかろうや。眼鏡の兄ちゃん、あんたもボサっとしてたらあかんで!」
言うと、マトリはマリーの肩を抱くようにして、森の奥へ向かった。
クライスが、ふてくされたような足取りで、後に続く。
採取アイテムに関する知識がないエンデルクは、森の中の要所要所を移動しながら、魔物の出現に備えて守りについた。幸いなことに森は平穏で、魔物の気配はない。
森の中をあちこち移動しながら、マトリが絶え間なくマリーに話しかけ、冗談を言っているのが聞こえる。マリーは無邪気にけらけら笑っている。
そして、そのふたりから常に一定の距離を取りながら、不機嫌そうな顔で採取しているクライスの姿があった。エンデルクから見ても、手元はおろそかで、ちらちらと前方に目をやっているのがわかる。
(フッ・・・。なかなか興味深いものだな・・・)
エンデルクは、無表情を保ったまま、3人の様子を注意深く見守り続けた。


Scene−5

夕方になり、一行はキャンプの準備にかかっていた。
エンデルクがウサギを数匹しとめ、マトリは森のあちこちから食べられる木の実やキノコ、根菜などを集めてきていた。
「嬉しいなあ、マリーちゃんの手料理が食べられるんやな」
楽しそうに言うマトリに、クライスは冷笑して見せた。
「おやおや、なかなか度胸のいい人ですね。知らないということは恐ろしいことです。一度でもマルローネさんの料理を食べたことがあるなら、そのような無謀な発言はできないはずですが」
「何や、その言い方は」
マトリがむっとしてにらみ返す。だが、傍らでナイフを使って器用にウサギをさばいているエンデルクが、静かな口調で言った。
「クライスの言うことは本当だ・・・。私も、マリーの料理を口にして何人もの大の男が苦しみ悶えるのを目にしてきた。命が惜しかったら、マリーに料理などさせるものではない・・・」
「へ? そうなん?」
あんぐりと口を開けるマトリに流し目をくれ、エンデルクは切り分けたウサギの肉を串に通し始めた。
「だから、今日の料理番は、私がやる・・・」
その時、森の中から、両腕いっぱいに枯れ木をかかえたマリーが戻って来た。
「お〜い、焚き木を採ってきたよ〜」
どさりと焚き木を地面に置いたマリーは、不思議そうな顔でマトリを見た。
「どうしたの? 変な顔しちゃって」
「あ、いや、何でもあらへん、あははは」
笑ってごまかすマトリ。この辺のごまかし方は一流だ。
「それじゃ、マトリは火を起こしてくれる? あたしは水を汲んでくるから」
マトリの顔色が、一瞬変わった。
「いや、俺、火ぃ起こすの、苦手なんや。俺が、水汲んできてやるさかい、火の方は、マリーちゃん頼むわ」
あわてたように言うと、桶をかついでマトリは森の奥の泉の方へ足早に向かった。
「変なの・・・」
マリーはつぶやいたが、すぐに石を並べた即席のかまどに枯れ木を積み上げ、かごから取り出した『燃える砂』を少々振りかけると、火打石を叩く。火花が飛び、すぐにたき火は大きく燃えあがった。
「さて、これでよし。クライス、スープの準備はできた?」
マリーは振り向いたが、クライスの姿は見えない。
「あれ? クライス、どうしちゃったんだろう」
つぶやくマリーに、エンデルクが静かに言った。
「案ずることはない・・・。すぐに戻るだろう・・・」
エンデルクには、クライスがどこに行ったか、見当がついていた。

森の中に湧き出した、清らかな泉の冷たい水を桶に満たしながら、マトリは心の中で苦笑していた。
(火か・・・。言葉を聞いただけで動転してまうなんて・・・。やっぱり、なかなか克服できんもんやな)
ふと、背後に気配を感じ、マトリは振り向いた。
クライスが、森の木を背に立っている。銀縁眼鏡が、沈み行く太陽の残光を浴びてきらりと光る。その奥の青い瞳に浮かんでいるのは・・・。
敵意か・・・? マトリは本能的に身構えた。だが、すぐに思い直す。いや、それだけではない。クライスの瞳は、もっと複雑な感情を吐露しているようだった。
「何や、兄ちゃん。なんか用か」
「お話があります」
クライスは、固い口調で口を開いた。マトリは、黙って続く言葉を待った。
実際には、マトリの身長はクライスより10センチは高い。だが、クライスがより高い場所に立っているため、ふたりの目線はほとんど同じ高さだった。
Illustration by Juno様

「マトリさん・・・。あなたは、どういうつもりで、マルローネさんに近付いているのですか?」
クライスは絞り出すような声で言った。
「はあ? 何言うてんのか、よくわからんなあ」
マトリは頭をかいた。クライスの視線をわざとらしく無視して、続ける。
「今日、出会ったばかりやけど、マリーちゃんは、とってもチャーミングな娘やで。かわいいし、明るいし、スタイルもええ。そんな娘と出会ったら、仲良うしたいと思うし、たくさんおしゃべりしたいと思うし、一緒にいたいと思うで。それが男の自然な姿ってもんや。違うか?」
「なるほど。あなたは自然の本能丸出しで生きているというわけですか。それではそこらにいる野獣と変わりませんね」
「そら誤解やで。確かに俺は男の本能に素直に従って生きとるけどな、けだものやないで。無理矢理ってのは、俺の主義に反するねん」
マトリは2、3歩進むと、クライスの顔を真っ向からのぞき込んだ。
「あんたとは、生き方がだいぶ違うようやねんけどな」
クライスは気おされたように後ずさったが、かたくなに視線は外さず、
「いいですか。マルローネさんは、今、重要な卒業試験の最中なのです。彼女の一生をも左右する大切な時期なのですよ。この大事な時期に、あの人の心をかき乱すようなことは、許せません。はっきり言いますが、あなたのような軽薄な人に、マルローネさんに近付いてほしくないのです」
「ふうん」
一歩下がって、マトリはあらためてクライスをしげしげと見つめた。クライスは、大きく息をついている。
「あんた、マリーちゃんの彼氏なん?」
マトリは唐突に尋ねた。クライスは思わずくちごもる。
「な、何をいきなり・・・。私はただ、マルローネさんの友人として・・・」
マトリがにやりと笑う。悪意は感じられない、心底からの笑みだ。
「わかりやすいなあ、あんた」
そして、再び顔を突き出す。
「ようわかるで。あんた、マリーちゃんにベタ惚れなんやな」
クライスは、かああっと顔に血が上るのをおぼえた。それは、自分自身でもあえて自分に問い掛けたことのない問いだった。クライスは完全に言葉を失っていた。
不意に、マトリがクライスの肩を抱き寄せた。背中をぽんぽんと叩き、髪の毛をくしゃくしゃにする。
「あんた、ひねくれとるけど、心の根っこはまっすぐなんやな。かわいいで。俺、そういう性格、けっこう好きやで」
「な、何をするんですか」
ようやく我に返ったクライスは、マトリの手を振り払った。
「なんや、つれないなあ。親愛の情を示しただけやんか」
そして、マトリは水の入った桶を抱え上げた。
「さ、そろそろ戻らんと、マリーちゃんとあの騎士さんが心配するで。けどな・・・ひとつ覚えとき」
マトリはクライスの耳元に口を寄せてささやいた。
「ほしいものは、ほしいと言った方が勝ちなんやで」

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