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イングリドのアカデミー

〜ザールブルグのグレートティーチャー〜

作:マサシリョウさん


第二話 人形は発条羊(ゼンマイひつじ)の夢を見るか?の巻(その3)

「イヤァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!」



広場から少し離れた所では・・

「――ッ!!今女の子の悲鳴が!!」

「この方向!!キャンプ跡地の方向ですよ!!」

「――!!急ぎましょう!!」

「クッ!!この場所に近づかないよう住民に知らせるべきだった!!
まさか近づく人間がいたとは!!」

声がした方向へ走る3人。
・・・間に合うか?
舞台をキャンプ跡地に戻す。

「・・・・・」

首から大量の血を噴出すマイヒルの胴体。
ヴァネッサには目もくれず、無言でそれをどこかへ引きずろうとする。

「あ・・・」

ズルッ・・・ズルッ・・

「先輩が・・・」

ズルッ・・・ズルッ・・

「・・・・」

・・・・プツン。
彼女の中で何かが切れた。

「・・・離して。」

ズルッ・・・ズルッ・・

「先輩を離して!!」

木の杖を両手に握り締めて
思いっきり。
訓練の時よりも力を込めて
バコン!!
引きずる者の頭蓋(ずがい)に振り下ろした。

「返して!!」

バコン!!

「先輩を返して!!」

バコン!!
飛び散った飛沫(ひまつ)がヴァネッサの頬をぬらす。

「ワァァァァァァッッッッ!!!!」

涙もあらわに殴りつづける。
相手の頭は砕け、打ち据える音は変な音になっている。

「・・・・・」

殴られっぱなしだったそれは
ついにその手を彼の体から離した。
ヴァネッサはそれに最後の一撃をたたき込んだ。
それは一回転して吹っ飛んだ。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

「ハァ・・・・・ハァ・・・・・」

「・・・う・・・うっっ・・・」

「あ・・ああ・・・ああああ・・・・」

「アアアアアァァァァァァァァァァァ―――――!!」

地面に突っ伏してむせび泣くヴァネッサ。

ザッ

「――――――!!」

音のした方向を振り向く。
するとさっき倒したそれが今まさに

両手をついて

割れた頭を垂れながら

起き上がろうとしていた。

「・・・・・・もう、疲れた。」

あお向けに倒れて目を閉じる。

「・・・先輩。死ぬのは怖い。でももうダメ。動けない。」

ザッ・・
マイヒルの方で音がした。
首を向ける。
見ると、マイヒルの首無しの胴体が
同じように起き上がろうとしているではないか。

「・・・私もあんな風になるのかなぁ・・・」

ヴァネッサは震えていた。
その間に首無しマイヒルは近くに転がっていた頭を拾い
首の上に乗せた。
左手で頭を押さえながら彼女に振りかえって、
静かに。眠れない子供をなだめるような感じで。

「ヴァネッサ。・・・そんなに怖がるな・・・・」

そして口元を少し歪めてこう言った。

「・・・すぐにこの恐怖から開放してやる・・・」

「・・・・はい。」

ヴァネッサは目をつぶった。
すでにさっきの騎士が刃を彼女の上に振り上げている。

「・・・・・」

無言で凶刃を振り下ろす騎士。
その時。

ドカッ!!!

マイヒルは右手に持った杖で騎士を思いっきり殴った。
またしても吹っ飛ぶ騎士。

「・・・俺の依頼人に手を出すんじゃねえ。」

杖の先端はそのまま相手に向かっている。

「魔力(まりき)ッ!!地獄の業火(じごくのごうか)ッ!!」

炎に包まれたそれは、もう二度と起き上がらなかった。

「終わったぞ。」

「え・・・助かったんですか?」

「大丈夫か依頼人。だいぶんお疲れじゃないか。」

「ええ、ちょっと。あ・・・そうだ。」

「なに?」

「アルテナの水。持ってきていたの忘れてた。」

「飲んだほうが良いんじゃないの?疲労回復の薬じゃないけど。」

「そうします。
・ ・・ん・・・ん・・・・。ップッハァ・・・・
あーーー生き返る!!!

「ヴァネッサ君、ご飯粒持ってない?」

「どうするんですか?」

「いや、首をくっ付けようかと思って。ずっと押さえたままって訳にはいかないだろ。」

「食料は干し肉とかサンドイッチしかありませんよ。
うーん・・・そうですねぇ・・・あ・・・そうだ。」

「お?なんかいい案が浮かんだのか?」

「・・・そうじゃなくて・・・」

「何だよこの役立たず!!まぁいい。今思い出したけど
外套の中に国宝虫の糸と裁縫道具があったからそれを使うよ。
・ ・・ヴァネッサ君。俺の代わりに針に糸を通してくれない?
片手塞がって使えないから。」

「あっはい。ん・・ん・・んん?
・・ンーー?・・あ。やった。はい通しましたよ。
どうぞ。
・・・・って、そうじゃなくて。」

「おーありがとう。・・・痛ッ・・痛ッ・・・針痛ッ・・・・」

左手で頭を押さえながら、右手で首を縫っていくマイヒル。

「で何?ヴァネッサ君?さっきから「そうじゃなくて」って」

「なんで?なんで先輩は?・・・首取れてたのにッ・・・なんで?」

顔を蒼くして後ずさりしながら恐る恐る質問する。
さっきまで凍っていた恐怖がよみがえったみたいだ。

「言っただろう。俺は不死身だって。イタッ・・・・針イタッ
それに人間は首が取れていても一分間は意識があるらしいし。」

「あ・・そうなんですか。・・・なるほど。うんうん・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・って
納得出来るかぁぁぁぁぁぁぁッ!!
きゃああああああ化け物おおおおおお!!!
・・ムグ?」

パニックになった彼女の口を

「うわ!!大声出すな!!さっきの奴が来たらどうする!!」

あわててふさぐマイヒル。

「もう大声出さないな!!?」

「ムウムン(うんうん)」

「まいったなぁ。俺化け物じゃないよ?」

「――プハッ。納得できません!!」

「・・・・身代わりの銀貨。」

「・・・・なにそれ?」

不信のまなざしでマイヒルを見るヴァネッサ。

「ほら・・持ち主に危機が近づくと身代わりとなってグニャグニャになる銀貨!!」

慌ててポケットに手を突っ込むマイヒル。

オリャ!!・・・これ!!これだよこれ!!」

取り出した手の上にはグニャリと曲がった銀貨があった。

「今、自分で曲げませんでしたか?それ。」

「な、なにをバカな事を言っとるんだキミは。
ボクみたいに非力な人間が
そんな事出来るわけが無いだろう!!

・ ・・大声だすな。貧血気味の頭にひびく。」

「あ、そうだ輸血しないと!!」

「大丈夫。ほっときゃ治る。」

「・・・わけないでしょう!!」

「俺の体には人工脾臓が埋め込まれていて、体の血液が減ると自動的に万能血液を・・・
・・・じゃなくて!!
人間の体には脾臓という血液を作り出す臓器が在る!!
だからほっときゃ治る!!常識だぞ!!言わなきゃ解からんか!!?」

(※脾臓は血液を作り出す器官ではありません)

「嘘だ!!・・・あ、あやしい。怪しすぎるよ先輩。」

「と・・・とにかくだ。俺は貴様に提案したい事が在る。」

「何ですか。」

「今回の採集は中止!!ここで引き上げる!!」

「ええー!!!!?」

「契約では採集場所へ連れて行く約束だったが・・
まいったぜ・・俺の人生において首落とされたのは初めてだ。危うく死ぬところだった。
あんな奴らがうじゃうじゃ居る様じゃあ
自分だけならともかく、貴様を守って行くのは無理だ。護衛代は要らない。」

「えー!!!あの守銭奴の先輩が!!!?」

「ふん。仕事はきっちりするのが俺の美学だからな。
出来ない仕事で金を貰うわけにはいかん。
それと・・すまないが貴様を送るのは森の外まででいいか?
契約ではザールブルグまでだったけど・・俺は廃棄物投棄場所に用がある。
違約金も払うから。」

「・・・先輩が行くなら私も行きたいです。」

「な!!何考えてんだ!!!死ぬかも知らないんだぞ!!」

「・・・依頼人は私です!!」

「ぐ・・痛い所をッ!!!
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・なぁヴァネッサ・・・・。キミ、好きな人とかいる?」

「えっ!!・・えええええ!!そ、そんなの関係ないでしょう!!」

「言いたくないか。じゃあ家族はいる?」

「・・いますよ。」

「友達は?」

「います。」

「イングリド先生の事、好き?」

「好きです。」

「死んだらもうそいつらとは二度と会えないんだぞ!!」

「あ・・・・」

「それに貴様が死んだら、そいつらきっと悲しむぞ!!貴様のせいで!!

「う・・・・」

「・・・俺の提案に賛成だな。」

「・・・はい」

「よし、賢明な判断だ。大体結婚もしないまま死にたくはないでしょ。グリ子みたいに。」

「え?先生まだ生きていますよ?」

「おいおい・・あの女が結婚できるわけ無いだろ。」

「・・・・それはどうしてかしら?」

「どうしてかしら?って・・・
まぁ、たしかにあの女の顔はいい。スタイルもいい。
文句がある奴はかかってきたまえ。
でもなぁ・・・性格がなぁ・・・学問一筋で色気がねぇ。
バツ1子持ち、男うんざりって感じだ。
それにすぐ怒るし。すぐ雷落とすし。単純なんだよ。
口よりも手よりも先に雷光を出すと言うか・・・
あ、光よりもはやく口を出せるわけ無いか。
んひひひひひひ・・・・・」

「ほほほほほほほほ・・・・」

いつのまにか曇り空になっている。

「三十路・・いや40過ぎても嫁の貰い手ないんじゃないか?あの女。
んひひひひひひ・・・・」

「ほほほほほほほほ・・・・・」

ポタリ・・・ポタリ・・・
ポトッ・・ポトッ・・
ポトッポトッポトッポトッポトッ
ザ――――――
急に雨が降ってきた。

「あれ?雨か・・・
・・・ところでヴァネッサ君。俺はさっきから一体誰と会話しているのだろうね。」

「先輩・・・うしろ。」

「うしろって・・・
あの・・・振り向けないんだけど。ああ!!振り向けない!!!
うわぁぁぁ!!ヴァネッサ君??いったい俺の後ろには何がいるんだぁぁぁ!!」

雨でびしょ濡れになりながら恐怖の悲鳴をあげるマイヒル。

「あーあ。やっちゃた。」

マイヒルから離れるヴァネッサ。

「マイヒィィィィル!!」

ナレーション
・・・人間は電圧を感じることは出来ない。
感じることが出来るのは電流である。
だから、電圧がとてつもないほど高い雷に当たっても死なない人間もいれば
電気に対する抵抗が下がっていた場合、たった20ボルトの電圧で死亡する事もある。
・・・水に濡れた状態では電気に対する抵抗は下がる。
良い子のみんなは濡れた手でコンセントを触ったらだめだ。
それとこの小説は部屋を明るくして離れて見てくれ。

「シュタイフブリィィィィゼッッッッ!!」

「ぎにゃああああああああああ!!いつもより余計に痛い!!!」

「・・・先輩生きてます?」

「・・・何とかね。」

「・・・・君達ここで一体何をやっているんだ。」

「身代わりの銀貨で助かったんですか?」

「うっ・・まぁな。」

「見せてくださいよ。」

「いや、そんな元気無いから・・・」

「ほほほ♪やっぱりさっきのは自分で曲げてたんですね?」

「いや!!そうじゃなくてッ!!ポケットに手を入れる元気も無いと言う事だよ!!」

「じゃあ私が手を入れますよ。」

「あ・・・やめて。ああ!!そこ触らないで!!」

「おい・・質問しているんだが。」

「我々完全に無視されてますね。クーゲルさん。」

「マイヒル。ヴァネッサ。何故あなた達がここにいるのかしら?」

「む。グリ・・・じゃなくてイングリドセンセ。
私(わたくし)めらはただ採集に来ただけですよ。
私めらがこの森に入ってはいけないと言う法でもありましたかな?」

「あれ?そうですね。普通こんな事態なら森に入れないようにするはずなのに。
とくに規制はしかれて無かったですね。」

「む。それは・・・・」

「騎士隊の名誉の為か。騎士隊があんな事になってたら大変だもんな。
「市民を守る騎士隊」の名誉を守るために市民の安全に関わる大事な情報を隠す。
フンッ御立派ッ!!

「なんだと・・・」

「やんのか。下っ端騎士が。(ガコン)痛ッ」

「やめなさいマイヒル。」

「それよりも私の方が聞きたいんですが・・・
どうして先生がここに?連れている人達も・・・その・・・」

「その訳は俺が話そう。」

降り続ける雨の中、クーゲルは話した。
捜索隊に生き残りがいたこと。
その人物の証言。
そしてメディアの墓標での出来事を。

「チッ、そんな事なら一人でこの森に来ていたものを。
あーあ、騎士隊が情報を隠さなかったらなァ。」

「先輩・・騎士隊に何か恨みでもあるんですか?」

「当たり前だ!!こいつらには前に爆弾をぶつけられたことがある!!」

「それは自業自得だろ。」

「そんな事あるか!!大体なんで騎士が爆弾持ってるんだ!!」

「それは私が提供したからよ。ま、そうじゃなくてもザールブルグに流通している
爆弾の大部分は騎士隊が所有している
けど。」

「!!!!・・錬金術師だけじゃなく騎士隊についても調べなきゃだめか・・」

「????」

「とにかくだ。面倒なことはセンセがたに任せて俺達は帰るぞヴァネッサ君。
とにかく太陽が出ているうちに・・・」

ザ―――――

「太陽が・・・」

ザ―――――

「あ・・・あ・・・・あああああああ!!!!」

ザ―――――
雨が降っている。

「だめだ。」

「何がですか?」

「この森から出られない。」

「えっ!!ええええええーーーーー!!」

ナレーション
リング・ワンデリング。
人間は目印のない所ではまっすぐに進めず、
知らず知らずの内に堂々めぐりをしてしまうのだ。
方位磁石が効かないこの森で方向を知る唯一の手がかりである太陽が隠れてしまった。
生ける死者が徘徊する危険地帯に閉じ込められたと言う事だ。

「・・・というわけだ」

「これも・・魔女メディアの呪い・・・・」

「逃がさない・・・・という訳か。」

「どうしますクーゲルさん。このままじゃこの広場から動く事も
ままなりませんよ。」

「・・・いや。どうやら一つだけ行き先がある。」

「マイヒル?」

「あそこ見てみろよ・・・。地面がふみならされている。
おそらく奴らが何度もこことあそこを往復したのだろう。
道が出来てる。・・・・ヴァネッサ君、雨が降っている間は戻る事はできない。
かといって進むのは危険だ。・・・どうする?
それとも雨がやむまで待つか・・・・」

「・・・進むしかないですよ。この雨が魔女の呪いなら・・
原因を取り除くまではきっと止みませんよ。」

「チッ。料金に合わない仕事になっちまった。
一人でこの女を守りながらいくのか。」

「俺達を忘れていないか?」

「そうよ。これはもともと私達の仕事よ。」

「先生!!騎士さん!!」

廃棄物投棄場所へと続く暗い道を見る・・・・
そこから何かが手招きしているような気がした。


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