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クライス空白の時間 Vol.5

作:マサシリョウさん


#2.廊下

彼は今、イングリドの部屋の前に居た。
ノックをする。
「どうぞ、空いているわよ。」
語気がおかしい。
妙な殺気を感じる。
「クライスです。クライス・キュール。先生に伺いたことがあって参りました。」
恐る恐る部屋に入る。

彼は、授業について質問をしに来たのではない。
侵入ルート検討を後回しにした彼は、動機の点からアプローチを入れようと、ここへ来たのだ。
被害があった品物から、『犯人は錬金術初心者』と考え、そしてすぐ近くで採れる物を盗むことから、よほど切羽詰った状況に置かれている人物、つまり、 『調合物を速く仕上げなければならない人物』と見当をつけた。

「あら、誰かと思えば。めずらしいわね。」
たしかに、優等生である彼が先生を頼るなど、そうある事ではない。
「いいわよ。答えられる範囲だけど・・・そもそも錬金術と言うのは・・・」
語気がやさしくなった。優等生の顔を見て少し機嫌が良くなったようだ。
それとも、感情をおもてに出さないようにしたのか・・・
「・・・錬金術というのは自分の力で得てはじめて意味のある物・・・先生、今日は違う用件でここへ伺ったしだいでして。」
「あらいやだ。わたしったら・・・」

「しかし先生。ずいぶん機嫌が悪いようですが・・・おや?」
クライスは気づいた。イングリドの髪に少量のススが付いているのを。
顔にも少し火傷の痕がある。
「めずらしい。先生でも、調合に失敗する事があるのですね。」
すると彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「ふふっ、違うわよ。ところで質問したい事はなに?」
「ああそうですね。質問と言うのは、ここ2〜3週間の生徒の課題提出状況を教えていただきたいのですが。」

クライスの考えはこうだ。
おそらく犯人は課題をギリギリになって提出した人物であるはず。
犯人は一年生ぐらいの調合レベルしか持っていない。
そして盗まれたアイテムを材料とする課題物を提出した人。
担当をしているイングリド先生に聞けば、かなりの人数を絞り込めるはず。
しかし・・・

「そんな事を聞いてどうするの?」
・・・当然帰って来るであろう質問。
(よわりましたね・・・)
「アカデミーで盗難事件が起こりました。現場の状況から犯人はアカデミー関係者です。そして私はあなたの生徒を疑っています。」
そんな事を言って、果たして先生が捜査に協力してくれるだろうか?
「理由を言わなければ駄目ですか?」

「言い難い訳があるようね。」
少し迷ったが、正直に話すことにした。
「実は・・・知っているかもしれませんが、アカデミーで盗難事件があり、姉が疑われているのです。」
話を聞いたイングリドは真剣な顔つきで、
「・・・感心しないわね。犯罪の捜査には危険がつき物なのよ。もしあなたに何かあったらどうするつもりなの?」
「解かっています。姉の無実を晴らしたいのです。だからお願いします。」

彼の覚悟を見た彼女は、
「いいわ。でも絶対に危険な真似をしないように。約束しなさい。」
「ありがとうございます。」
イングリド先生に感謝しつつも、
(・・・ふぅ、なんとか“あなたの生徒を疑っています”と言う事を隠せました・・・)
と考えるクライスであった。

目の前に、ここ2~3週間の課題提出状況が書かれた書類がある。かなりの量だ。
「それで、どの提出状況を見たいの?」
「一応全部調べさせてください。」
姉から聞いた情報が書かれたメモを見ながら、先ず盗まれたアイテムを材料とする課題物の提出状況を抜き出す。
そして、犯行日時からさらに書類を絞り込む。その結果・・・
「そんなばかな・・・・」
該当者なし。どのアイテムも余裕をもって提出されている。
マリーのような例を考え、低学年だけでなく高学年のリストもしらべた結果である。
(↑酷い)

「元気をだして、クライス。」
彼をみかねたイングリドが声をかける。
「ありがとうございます先生、お手数をおかけ致しました。」
落ち込んだ様子で部屋を後にしようとするクライス。
しかし少し気になることがあった。

「そういえば、その髪や顔の火傷はどうしたのですか?」
事件に関係無いが、何気なく聞いてみた。
「ああ、これね。やだ、完璧に火傷を治したと思ったのに・・・。ある生徒のフラムの採点をしようとしたら、それが失敗作でね。酷い目に・・・」
「ちょ、ちょと待ってください。その人は今!!」
言葉を遮って質問をするクライス。
「課題未提出扱いですからね。書類にはまだ記入してなかったかもしれないわ。まぁ、一人だけ愉快な体験をさせてくれた彼女には、すてきなごほうびをプレゼントしてあげたわ。ふふふ・・・・・・」
「その人の名前は!?今どこにいるのですか!?」
興奮覚めやらない状態のクライス。しかし・・・

「もしかして彼女を疑っているの?」
(しまった!!)
「そういう訳なら、教えるわけはいかないわ。」
「しっ、しかし何かを知っているかも・・・」
まずい事にいいわけをしてしまった。
今までは彼が正直に訳を話したから協力を得られたのだ。
「苦しい言い訳ね、クライス。彼女、そんな事はしないわ。」
語気が部屋を訪れた時に戻っている。
このままだと、彼女のすてきなごほうびで捜査続行不可能になる事を悟ったクライスは、これ以上の聞きこみをあきらめるしかなかった。

今回得た情報。
1.一人だけフラム作成に失敗した人物がいた。名前はわからない。女らしい。
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