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クライス空白の時間 Vol.6

作:マサシリョウさん


クライスは今後の捜査をどうするか考えた。
(私の予想に該当する人物は一人だけですか・・・)
しかも、名前はわからない。
(まぁ、そんなに派手な事をした生徒なら、聞きこみをすればすぐに見つかるでしょう。一人だけですし、性別も判明していますし。)
そう考えた彼は、侵入ルートの検討をすることにした。


#3.アカデミー事務室

アカデミーの鍵は、この事務室で保管されている。
ここの鍵を持ち出す事が出来れば、売店の侵入は簡単だ。
今回はここの鍵の管理状態を調べる事にする。果たして捜査は進展するのか?

事務室に入り、受付に座って本を読んでいる女性に声を掛ける。
「あのー、すみませんが・・・」
・・・返事が無い。
彼女は本を読むのに夢中だ。
クライスは彼女を観察してみた。
年齢は彼と同じぐらいの金髪の美人。
しかし、身に付けているアクセサリーはイヤリングだけ、読んでいる本は『総合百科事典』。
年頃の少女の趣味ではない。
彼女は読書をしながら、昼食のサンドイッチが入ったバスケットに手を伸ばすが、何度も宙をつかんでいる。
(・・・変な娘)
クライスはそんな結論を出した。

「すいませんが。」
もう一度声を掛ける。
彼女は気づいたのか、読書の手を休め、周りを見まわした。
「・・・変ね、声が聞こえたと思ったけど。・・・気のせいね。」
「目の前に居ますよ!」
クライスが言うと、彼女はハッとして、服から眼鏡を取り出した。
「ご、ごめんなさい。これが無いと何も見えないもので・・・」
「ブッ」
クライスは必死で笑いをこらえた。
物凄い眼鏡だ。レンズの分厚さが、彼女の視力の深刻さを物語っている。
レンズの奥の瞳が屈折して見えた。

「あの、何かご用でしょうか。」
「えっ、ええ、アカデミーの鍵の管理状態を調べに来たのですが。」
「ああ、最近起きている盗難事件の・・・え?アカデミー当局の人ですか?  意外ですね。ずいぶん若い人が・・・。」
「ちがいますよ。私はただの生徒ですよ。当局に任せても、いつまでたっても解決できそうにありませんからね。この私が役に立たない人たちに代わって・・・」

話の途中で、
「あの、間違っていたら失礼ですが、あなたは、もしかしてクライス先輩ですか?」
「むっ?、いかにもそうですが。しかしよく判りましたね。」
「えっ、ええ、有名ですよ。学年首席で、いつも自信に溢れている人って・・・」
(高い知能を持ちながら、それを人をばかにする為に惜しみなく使う、鼻持ちならない鼻眼鏡野郎だって、有名ですよー)
・・・とは、心やさしい彼女の口からは言えなかった。

「あっ、そうだ。先輩、どうです? 一緒にサンドイッチでも。今はお昼ですし。だれも来ないから暇で暇でしょうがなかったですよ。」
彼女からサンドイッチをすすめられる。
シャリオチーズやハムなどが贅沢にはさんである、おいしそうなサンドイッチだ。
「では、せっかくですし・・・むっ、おいしい。もしかして手作りですか?」
「ええ」
「百科事典ですね、最近の女の子はそんな物をよむのですか・・・意外ですね。」
「いいえ、女子の間でこういう本を読むのは私だけですよ。でも、結構面白いですよ、小説と違ってキリのいい所が無いから、ついつい読みふけってしまうのが欠点ですが。他にもアクセサリーの本とか・・・」
話が弾む。

「そうそう、こんな事をしている場合ではなかった。鍵の事を聞かねば。」
サンドイッチを頬張りながら、質問する。
「誰かが、ここの鍵を持ち出すことは可能ですか?」
「うーん・・・昼間は無理ですよ。」
「では、合い鍵をコッソリ作ると言う真似は無理ですね?」
「ええ、間違い無いです」
それを聞いたクライス。
(この人はさっき、私が来た事に全く気づいていなかったですからね)
全てを信用する事は出来そうに無かったが、とりあえず、アカデミー外部の関係者犯人説の可能性は薄くなった。
施錠された構内に侵入は出来ないから。

「では、内部の人間がここから売店の鍵を盗む事は?」
「・・・多分・・・無理だと思います。」
「多分?」
「ええと、売店の鍵、私は見たことが無いのですよ。」
「それは一体どう言う事です?」
「昼間は、アウラさんが肌身離さず持っていますし、閉店時にすぐに事務の人に渡ってしまっていますから。」
「事務の人?ではあなたは?」
言われてみると、彼女はどう見てもここの生徒だ。事務の人ではない。
「ええ、私はここの職員ではないです。」
「ええ? では何故あなたがここに? それに事務の人は?」
「事務の人は宿直室で寝ています。ほら、盗難事件のせいで、夜間もここの鍵の管理をしなくてはならなくなったでしょう?」

「そうですか・・・。ところで、あなたがここにいる理由はまだ聞いていませんが。」
「・・・言わなくちゃ駄目ですか?」
彼女の顔が曇る。
「ええ、ぜひ」
「試験でまずいことをして、その罰でここの手伝いをする事になったのです。  どうせなら、売店の手伝いにしてくれれば良かったのに。」
それを聞いたクライスはビックリした。
「えっ、あなたはもしかして・・・イングリド先生にフラムを提出した・・・。」
「ええっ、すごい。どうして判ったのですか!!?」

事情を知らない彼女は、クライスがすごい推理でその事をかぎつけたのかと思った。
よもや、自分が疑われているとは夢にも思っていないだろう。
「こんな偶然があるなんて、信じられない。」(←棒読み)
・・・悪かったな、ご都合主義で。
ともかく、目の前にいる人物が急に容疑者になってしまった。
慎重に会話を進めなければ・・・。
しかし、今までの会話からすると、彼女が犯行を行うのは不可能ではないだろうか・・・

「ふふふ・・凄いでしょう、わたしの推理は。」
「すっ、凄いです。もしかして私の名前も・・・」
「いえ、いくらなんでもそこまでは判りません。あなたのことは、今初めて知ったことですから」(大嘘)
「そういえば、自己紹介がまだでしたね、私はルイーゼ。ルイーゼ・ローレンシウム。改めて、はじめまして。」
「はじめまして。」
「あっそうだ、忘れていた。」
彼女はそう言うと、ポケットから目薬を取り出した。
「何ですそれは?」
「イングリド先生がくれたんです。目が良くなるようにって・・・」
「へぇー、そうなのですか。」
(厳しいことを言っているけど、ちゃんと彼女を気にかけているのですね。)
そんな事を思って、彼女を見ていると・・・
「・・・ルイーゼさん。眼鏡かけたままですよ。」
「あっ、眼鏡をかけてないと目薬が見えないものだからつい・・・」

(・・・・先生の言う通り、彼女が犯人とは思えませんねぇ。)
だが、人柄など何の証拠にもならない。そこで・・・
「さてと・・・これからイングリド先生の所へ行きますか。」
クライスが切り出す。
「えっ? 何故です?」
ルイーゼの質問に、
「ふふっ、これまでの捜査で犯人は、急いでアイテムを仕上げなければならなかった人物、と言う事が判ったのですよ。先生に聞けばすぐに犯人は判明するでしょう。もう逃げられません。」
もし、目の前にいる彼女が犯人ならば、何らかの反応を示すはず。
うまく行けば自白するかもしれない。

だが、帰ってきた答えは意外なものであった。
「・・・と言う事は、さっきまでは飛翔亭で聞きこみをしたのですね?」
ルイーゼの言葉に、クライスは、
「!!!!今、なんと言いましたか?」
「“飛翔亭で聞きこみをしたのですね?”ですか?」
「そっ、そうです。よく判りましたね。」
(・・・すっかり忘れていた!!飛翔亭の事を!!)
飛翔亭とは、ザールブルグにある酒場で、ここでは、冒険者の斡旋や、噂話などの情報提供、そして錬金術アイテムの取引もしている酒場である。
「ふふふ・・すごいでしょ、私の推理。先輩の話し振りから、“すでにどこかで聞きこみを済ましている”と予想したんですよ。おそらく最初に思いつくのがそこでしょうから。」
(・・・うっ、一本取られましたねぇ。)
そして、クライスは彼女に別れを告げ、イングリド先生の部屋へむかった。
・・・ふりをして、飛翔亭にむかった。

今回得た情報。
1.アカデミーの鍵は完璧に管理されており、盗むのは不可能。
2.重要参考人の名前、ルイーゼ・ローレンシウム。
3.飛翔亭の存在をクライスがすっかり忘れていた事。

クライスが居なくなったあと、しばらくして、
「・・・あれ?でも先輩はなぜ、私がフラムの作成に失敗した事を知っていた のかしら?」
・・・と、ルイーゼはつぶやいた。
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