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クライス空白の時間 Vol.7

作:マサシリョウさん


#4.飛翔亭

「うーむ、どうしたものか・・・」
クライスは店先で思案していた。
ここはあまり出入りした事の無い場所である。
一人で入るにはちょっと勢いが足りない。
「よぉ、クライスじゃないか。」
大柄な男が声を掛けてきた。
「あっ、ハレッシュさん。」
男の名はハレッシュ。よく一緒にマリーの護衛をしている仲間だ。

「珍しいな。お前が一人でこんな所に来るなんて。」
「ええ、すこしディオさんに聞きたい事があって。」
「仕事の事か?」
「ええ。仕事の依頼状況を知りたいんです。」
「ん?何故そんなものを?」
「それを言う訳には・・・」
口調が重くなった。
「訳ありの様だな。俺からは何も聞かないでおくが・・・。もしかして、ディオのだんなにも言えない事なのかい?」
クライスの口ぶりから何かを察したようだ。
「・・・ええ。ディオさんは話してくれるでしょうか?」
それが店に入り辛かった理由の一つである。

「うーん・・・それは難しいな。」
少し思案したあと、
「よしっ、だんなには俺からも頼んでやるよ。」
思いも寄らぬ申し出。
「ハレッシュさん!!ありが・・・」
クライスが感謝の言葉を言いきる前に、
「良いって事よ。マリーの友人ならお前は俺にとっても友人だ。いいかクライス、男にはなぁ、命よりも大事なもんがある。それは友情だ。
クライスには今の彼は頼りになるお兄さんに見えた。

店の中に入る。中にいる人は二人。
カウンターにディオ、入り口に近いテーブルに、いつも飲んだくれている酔っ払いのお爺さん。
カウンターでグラスを拭いているディオに声を掛ける。
「すみませんが・・・」
「ん?あんたたしか・・・、マリーの腰巾着の。ええと・・・」
「・・・クライスです。(こ、腰巾着・・・・)」

「なぁ旦那。こいつの頼みを聞いてやってくれないか?」
「頼み?」
「ええ、ここ1〜2週間の仕事の依頼状況をお教え願えないでしょうか?」
「教えられる事と、教えられない事があるが・・・」
「ええと、どんな仕事があって、誰が依頼を引き受けたかです。」
それを聞いたディオは・・・・・・
「・・・訳を聞かせてくれないかクライス。」
「すいません。どうしても教える訳にはいかなのです。」

・・・アカデミー当局はこの事件を極秘に捜査している。
犯人は錬金術師である可能性が高く、もしそうならアカデミーの名誉に関わることである。
少なくともアカデミー関係者以外の人間に、捜査の事を話すわけにはいかない。
「それじゃ駄目だ。こちらも商売だからな、“どんな仕事があったか”はともかく、依頼人、仕事を引き受けた人の個人情報は教える訳にはいかない。」

「そうだぞクライス! 旦那の言う通りだ!」(80ナノ秒)
ディオが言い終わるとほぼ同時にハレッシュが言った。
「ハ,ハレッシュさん?」
目をそらすハレッシュ。
「約束が違うじゃないですか!」
詰め寄るクライス。
「すっ、すまんクライス。俺は旦那の機嫌を損ねたくない。男には友情よりも大切な物がある。わかってくれ!」
「・・・コネですか。」
惜しい、正解は女。
(※クライスは彼が仕事を回してくれるディオの機嫌を損ねたくないと思っている。)
・・・今のクライスには彼が頼りない大人に見えた。

(くっ、弱りましたね・・・)
ディオの対応は予想していたが、ハレッシュまで裏切るとは。
ここで情報を得ないと、捜査は行き詰まる。
だが、もう諦めるしかないのだろうか?

「・・・お若いの、お困りのようじゃのう。」
入り口の方から声がした。
「・・・わしはいつもこの酒場にいるからのう、お前さんの知りたい事を教える事ができるかもしれん。」
と、酔っ払いのお爺さんが言った。
「本当ですか?ではさっそく・・」
ディオにした質問をする。
「たしか・・・ぬっ!!」
「!?、どうしたのですか?」
「・・・すまんのう、どうも二日酔いが酷くて、良く思いだせん。」
・・・あんまりな返事。

「お願いします、何とか思い出して下さい!」
食い下がるクライス。
それを見たハレッシュは、
「クライス、爺さんに無理強いをすんなよ。それよりお前も一杯どうだ。ここは酒場だぜ。
「ハレッシュ!!」
ディオはその言葉に反応した。
そしてそのやり取りを聞いたクライスは・・・

「そうか!!・・・ディオさん、僕にもお酒を一杯ください。」
(ちぃ、気づきやがったか・・)
眉をひそめたディオからお酒を受け取り、それを爺さんの前に置く。
僕からのおごりです、二日酔いには迎え酒が良いそうですよ。
「おお、すまんのうお若いの。・・・ウィック、酔いが治まってきたわい。」
「!!思い出せましたか?」
「おおとも。で、何の話だったかのう?」
「(・・・こっ、このじじい。)・・・ここ2〜3週間の仕事の依頼状況ですよ。」

「ここ2〜3週間はあんまり依頼が無かったのう。ええと、そこにいるハレッシュがこなした護衛の仕事。ウィンザ・エピタスとマイヒル・エメスのコンビが解決した北の村のグール退治。・・・これは笑えるぞ。“解決したが為に報酬がもらえなかった仕事”じゃからのう・・・」
「あの、すいません。冒険者向けの依頼ではなくて、錬金術師向けの依頼は・・・」
「そうか、そっちの方が重要じゃったのか・・・。たしかこっちは・・・わしの知っている限りでは、“燃える砂の作成”じゃのう。」
「!!依頼を達成した日時を教えてくれませんか?」
「今朝じゃよ。」

それを聞いたクライスはメモをみた。
カノーネ岩が盗まれた日付に、ザールブルグ〜ヴィラント山の往復日数を足す。
すると、今日にはどうしても間に合わなくなる。
(やっと私の推理に合う人物にたどり着きました。)
興奮を押さえつつ、
「・・・その人物の名前は?」
ゆっくりと尋ねる。
「あんたも知っている人物じゃよ。爆弾娘こと、マリーじゃよ。

それを聞いたクライスはがっくりと来た。
「・・・他には?」
力無く質問する。
「これでおしまいじゃよ。」
「なっ、なぜ!!」
他にもあったかも知れないが・・・わしは錬金術にはあまり興味がなくてのう。この手の依頼は印象がないんじゃ。」
「じゃあなぜこの依頼は覚えて・・・って今朝のことですものね、覚えていて当然ですね。」
「それもあるのじゃが・・・フォフォ。ディオよ、あの事を話しても良いかのう?
「ちっ・・ここまで来て秘密も何も無いだろう。」
「フォフォフォ、そうじゃのう。」

「・・・・マルローネさん、どこまで人騒がせをすれば!!」
「はっはっはっ、そいつは俺も見たかったなぁ」
捜査が進まないイライラがあってかなり機嫌が悪いクライス。
それとは対照的に面白い話が聞けたハレッシュは上機嫌だ。
「俺のススまみれの姿がそんなにもおもしろいか、ハレッシュ。」
「いっ、いやだなぁ旦那。俺が見たかったのは・・・、ほら、あれだよ・・・、・・・そうそう、マリーの失敗だよ、めったにお目にかかれないぜ。 うらやましいなぁ、旦那は。間近で見られて。
苦しい言い訳をする。

「・・・彼女の失敗はいつもの事でしょうが。」
「いや、他のアイテムならいざしらず、燃える砂については失敗は無いと思うぜ。だって、メガフラムを大量生産する女が火薬の調合を間違えていたら、今頃この街は灰になっているぜ。
それを聞いたクライスは・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。お爺さん、ディオさん、本当にその依頼はマルローネさんが引き受けたのですか?」
「ああ、間違い無いぜ。」
確認を取ったクライスは、彼らに背を向けた。

そして、出口で振り返り、
「お爺さん、ディオさん、お話を聞かせてくれてありがとうございました。 ・・・ハレッシュさんも。」
「ああ、結局俺は何も出来なかったけどな。
ハレッシュの返事を聞くと、クライスはわき目も振らずアカデミーへ走っていった。

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