《有難い 分かることだけ 聞く耳で》

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 コミュニケーションの難しさは,伝わらないこと,分かってもらえないことです。親は子どもに向かって「何度言ったら分かるの!」と責めてしまいます。専門家は「素人にはどうせ分からないだろう」と見下すようなところがあります。学校の先生の話が分からないから,学習の意欲が湧かないと子どもたちがぼやいています。災害時に外国の人が状況を伝える情報が分からないので不安に感じているそうです。「伝えた」と「伝わった」との間に,大事な気配りが潜んでいます。
 「やさしい日本語」という動きがあります。1995年阪神大震災の折,外国人の被災者が言葉の壁に苦しんだことから,日本語が苦手な人にも伝わりやすい言葉として提唱され,オリンピックを控えた今,外国の人がやってくることへのおもてなしの一環として,改めて取り上げられています。本当は身近な問題なのに,外国の人とのコミュニケーションという鏡に映るまで自覚できなかっただけです。言葉を伝える際の要点は,相手になる人を意識し,相手からの補い無しで理解できるように整えることです。
 言葉遣いで叱られるときに言われるのは,「誰に向かって言っているのか」ということです。目上の人に対する敬語の注意のようですが,そう思っていると,目下の人に対してはぞんざいな口ききをしてしまいます。敬語に限らず,あなたに向けて言葉を向けようとしていると意識することが基本の礼法です。講演をする際のポイント一つに,聴衆の中に数人の人を見定めて,その人に向かって話すようにするということがあります。みんなに話そうとすると,言葉遣いが荒くなって,伝わりにくくなるからです。
 あなたにお話しすると特定すると,次には,あなたに分かってほしいと思います。どう言えば分かったもらえるかと,相手に伝わる言葉を探して話すようになります。先生が教室で子どもたちに向かって話していると,一人一人の子どもには自分に向かって話されているとは思えません。言葉が通り過ぎていきます。話す方の気持ちが聞く方に分かってしまうからです。この子に分かるように話そうとすると,この子が分かる言葉を選ぶようになります。
 親が子どもに「ちゃんとしなさい」と言います。子どもが「ちゃんとする」ことはどういうことか分かっていればいいのですが,分からないからちゃんとできていないのです。何度言っても分かりません。伝えることは「どうすればいいのか」とちゃんとすることの具体的な内容です。親の言うようには育たず,親のするように育つとは,伝わり方の違いなのです。言葉で伝わらないことは目で見て分かる形で伝わっていきます。相手が知っている言葉を選ばないと伝わらないというのが鉄則です。
 外国の人への語りかけでは,相手が分かる言葉,すなわち外国語を使わなければ伝わらないとはっきり意識します。相手が見えています。分かりやすい日本語という気配りで,あるテレビ局が台風のことをツイッターで「おおきくて とても つよいです」と外国人向けに注意を呼びかけました。「英語でやれよ」「バカにしてるの?」という反応が噴出したそうです。もちろんバカにしているわけではありません。外国人が分かるのは英語,という思い込みがあることが問題です。外国人みんなではなく,一人一人を見るのです。
 難しい話をやさしい言葉で語ること,それが本当に分かっている人の話し方と言われます。やさしい,それはこの相手に伝わるはずと信じられることです。ただし,聞く方もそれなりの言葉を持ち合わせるように努力をしないと,話し手だけに伝わらない責任を負わせるのは作法に適いません。共に努力することが大切です。

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(2020年01月05日:No.1032)