家庭の窓
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十九世紀イギリスの思想家カーライルのもとに,一人の婦人が訪ねてきて悩みを訴えました。「先生,わたくし近ごろ家のことや人生上のことでいろいろ悩んでおります。解決する道はないものでしょうか」。
カーライルは婦人の話を最後まで聞いて,答えました。「まずあなたは,ご自分の針箱を調べなさい。乱れた糸があったら糸巻きにきちんと巻くことです。次にタンスの中を調べて,取り散らかした衣服があれば,きれいに片付けることです。私が申し上げられることはそれだけです」。
一週間後,先の婦人がまた訪ねてきて,明るい顔でお礼を言いました。「帰って早速針箱を調べたら,恥ずかしいことに乱雑になっていました。早速きちんと整頓して,ついでに家中を整理しましたが、そうしているうちに,先生のおっしゃっている意味が分かって参りました。人生は整理されたものでなければならない,先生はそうおっしゃりたかったのですね」。
カーライルはにっこり笑ってうなずきました。家庭の乱れは日常生活の小さな乱れから始まることが多いということでした。
乱れとは分別されていないことです。分けることが分かることという関係を知っておくことです。身の周りにある物事を分けるためには,それぞれの基準や物差しを見つけて判断を下していくことになります。例えば,同じものと違うものを分けます。悩みについては,今できること,明日できることなどの物差しを用いることもできます。
分けるためにはどうしたらいいのでしょう? 例えば色について考えてみると,赤や青や黄色,黒に白色。そうです。名付けるという言葉が必要になります。豊かな言葉を知ることで,物事を分けて整理することができます。言葉といえば,意味がつきものです。カタカナ語を聞いても,何のこと?ということがあります。専門用語は素人には通じません。経験に名付けられた言葉が,言葉を介して同じ体験を結びつけてくれます。それが通じるということです。
人生上のことで悩んでいた夫人が,身辺の整理という作業を通して,分けていくことの意味を認識できたのです。身の周りを整頓せずに一箇所に押し込んでいるようなスタイルは,言葉の世界では何でもヤバいと言っているようなものです。身の周りの様子を見ると,その人の思考の世界を見届けることができそうです。
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