家庭の窓
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近松門左衛門のところに,出入りの珠数屋が訪ねてきました。そのとき近松はできあがったばかりの自作の浄瑠璃に,丹念に句読点を打っているところでした。横から眺めていた珠数屋は,「おかしなことだ。漢文ではあるまいし,読めば誰でも分かりそうなものを,天下の近松さまとあろう方が・・・」と,不思議そうにつぶやきました。
数日後,数珠屋のところへ近松から注文の手紙が届きました。「ふたえにまげてくびにかけるようなじゅず」としたためてありました。二重に曲げて首にかけるようなとはずいぶんと長い数珠だがといぶかりながら,大切なお得意様の注文を精魂込めて作り上げ,届けさせました。
近松は,届けられた数珠を一瞥すると,「この数珠は注文のものと違っている」と,使いの者に突き返しました。伝え聞いた数珠屋は手紙を持って近松のところに乗り込んでいき,「注文通りにお作りしたのに,ケチをつけるとは何事とでございますか」と手紙を突きつけました。
近松は,「まあ,気を落ち着けて読んでください。二重に曲げ,手首に掛けるような数珠と,ちゃんと注文してあるはずです」と言い放ちました。数珠屋は,初めて句読点の大切さを悟ったのでした。
首に掛ける数珠と読んだときにおかしいと思ったのであれば,読み返してみれば間違わなくて済んだはずです。一方で,読み間違えて信じ込んでしまうと,多少のおかしさを素通ししてしまうこともあります。
この話は句読点の大切さを知らしめる教えという意図ですが,手紙による連絡で読み間違えた方が悪いという意図であると受け止めると,間違えます。手紙を出す方が読み間違いをされないようにきちんと句読点をつけることが大事であると覚えておくべきです。普通には,送り手が手抜きをしているのに受け手が間違えたことは責められません。
手紙などの文字の伝達では句読点もさることながら,言葉のまとまりを明らかにするために,漢字を使って区分することも必要です。平仮名だけの「ふたえにまげてくびにかけるようなじゅず」を「二重に曲げ手首に掛けるような数珠」と漢字交じりの文章にすると読みやすくなります。漢字表記が句読点の役割をしてくれるからです。
話す時はどうなるでしょう。音だけの文章は平仮名だけの文章と同じになります。「ふたえにまげてくびにかけるようなじゅず」と区切らずに一気に読み上げてみると,聞き間違いが起こりやすくなります。一気に読み上げずに,言いやすいように息継ぎを入れると,聞き間違いを避けられます。息継ぎは切るべきところで入れているはずです。
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