家庭の窓
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明けましておめでとうございます。
皆様にとって 素晴らしい一年でありますようにお祈りします。
二宮尊徳は,親戚筋の民次郎を預かって働いてもらっていました。民次郎は人はよいのですが生活力のあるほうではないので,一家を構える年になって国に返すに当たり,人の間で生きていく心がけを話して聞かせました。
「あるとき,家に一丁しかない鍬が壊れてしまった。近くの家に借りに行ったら,そこの老人が『畑を耕して,菜の種をまこうとしているところじゃ。終わるまで貸せないね』という。そこで,私が『その畑を耕してあげましょう』といって耕し終わったところで『菜の種もついでに蒔きましょう』といって蒔くと,老人はニコニコ顔で『鍬だけでなく,足りないものがあれば,なんなりと言ってきてください。いつでも貸してあげますから』といってくれたことがあった。こうした心遣いがあれば,万事がうまく運ぶものだ」
民次郎は感激して,元気よく国元へ旅立っていきました。
人は衣食住に関わるモノを獲得しなければ生きてはいけません。狩猟採取の時代ならいざ知らず,現在では必要なモノを周りの人たちから受け取ることになります。取り合いをすれば争いになりかねません。そこで人は知恵を編み出して,交換をするようになりました。モノの交換,労働とモノの交換などです。お互いが取り合うのではなく,与え合うのです。世間の取引はギブアンドテイクが原則であり,さらにギブが先という知恵が隠されています。テイクを先にしようとすると奪い合うことになって,取引はこじれて争いになるのです。
子どもは親のすねをかじり奪っていきます。親は子どもにドウゾと与えているので,奪われているとは思いません。子どもはやがて親になって、ドウゾと与える立場に代わっていきます。人間関係はドウゾと与えるからアリガトウと受け取ることで成り立つのです。アリガトウを言えるのはよい人ではなく,ドウゾと言える人がよい人なのです。アリガトウと言ってもらえる人,そういう人のなりたいですね。
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