《有難い ドウゾが招く アリガトウ》

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 最初の交通信号機は1868年に,ロンドンのパーラメント広場近くのブリッジストリートとニューパレスヤードの交差点に立てられました。高さ6.6メートルの鋳鉄の柱に取り付けたもので,12月10日から実際に使用されました。信号はガスランプで,赤の止まれと緑の注意でした。国会議事堂に向かう議員の便宜を図るためのものでした。一般大衆には不評で,馬車の御者は「哀れな御者を困らせるものがまた一つ増えた」と不平を言ったということです。不評のせいか,これは長い間ロンドンで唯一の信号機で,1872年に取り外された後,50年以上,同様の試みはされませんでした。
 電気式信号機は1914年,アメリカのオハイオ州クリーブランドに設置されました。赤と緑の信号が警告のブザーと組み合わされました。今の色である赤,緑,黄の三色の信号機は,1918年にニューヨークで最初に使われました。
 交通信号機は,交通の流れを遮断するので,どちらかと言えば少ない方が喜ばれます。それは車のような交通強者の思いであり,歩行者のような交通弱者には必要不可欠なものです。最初の信号機は緑で注意しながらも進んでいく議員優先のために,交差する流れを赤で無理矢理止めるためのものでした。
 交差点で進もうとする流れは衝突します。衝突を回避する確実な方法は,動きを止めることです。お互いに一旦止めてお互いに「ドウゾ」と進路を譲り合う,次に交互に「アリガトウ」と受け取るプロセスを経て,円滑な動きが可能になります。最初の信号では,いきなり赤信号では止まれないので,緑は進む際に確かめる注意が必要でした。今の信号は,先ず黄色で注意し赤で確実に止まることを目指しています。
 これは暮らしの中で生きる権利を主張する者同士の衝突と同じです。権利を押し通そうとする主張だけをしていると衝突しか起こりません。一旦権利の停止をするのが賢い対処方です。暮らしの中で「ドウゾ」という言葉が先にあるから,「アリガトウ」という言葉が続いて,お互いの権利の主張が実行されていきます。青信号優先ではなく,赤信号優先が優しい社会の実効的マナーであることを,再確認すべきです。
 高齢社会では,孤独が心配されています。人と人とのつながりが無くなることです。それぞれが自分が生きるためにアリガトウを言おうとしていると,衝突しか起こらず、関係は拒否されて孤独になるしかありません。健康寿命を延ばすというスローガンだけではなく,貢献寿命を延ばそうという提言があります。貢献とは,ドウゾという声でもたらされる行為です。暮らしの赤信号をドウゾと灯すことで,人の交流の青信号はアリガトウとつながっていきます。

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(2023年08月27日:No.1222)