家庭の窓
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新聞の書評に取り上げられていた書籍のタイトルが,「産む気もないのに生理かよ!」とあり,目にとまりました。40個以上の産まない理由が列挙されているそうです。手に取って読まないでいてとやかくは言えませんが,女性である著者は意志として子どもを持たないと宣言していることに,驚きを感じました。そう言わざるを得ない状況にあって,苦しさ若しくは怒り,異議申し立てせざるを得ない,どのような思いなのか,あれこれ想像をするしかありません。
別の日のコラムに,「男は青,女は赤 どう思う?」というタイトルで,ジェンダーバイアスを改めるのは容易ではないということが,男女のトイレや公衆浴場を色分けして描くことの是非や新たな対応などの事例を通じて,論じられていました。著者である私は女性である前に「自分」でありたいと結ばれていました。
男と女という言葉は,人間を分かろうとするとき,その体型に真っ先に目がいって,男と女という性差を表す言葉を取り入れることになったのでしょう。その後の観察の中で,いろんな局面で戦うのは男,子どもなど守っているのは女,という現実の姿が性差として貼り付けられていきます。その姿は,そのときの暮らしのパターンを作っていく状況に寄ります。時代発展が進み生活状況が変わっていくと,新たな状況に相応しい性差が現れてくることになります。性差が配慮される必要が無くなれば,性差は特別な必要最小限な局面に限定されていきます。男や女のイメージは固定しているものではなく,常に当事者の選択によって改訂されていくものなのです。
記者による囲み記事で,勤務中の救急隊員がコンビニで食べ物を買うのはいかがなものか,そんな意見が議論の的になった,とありました。忙しさの中でコンビニに立ち寄る事情もあることを擁護する声に共感する立場でした。こうあるべきだとイメージを押しつけようとすることは,部外者としては控える方が良いのです。
そのほか,ハラスメントの多様化も,固定観念が招くバイアスからにじみ出しています。社会生活では,それぞれが何らかの役割や責任を負って共生をしています。しかし,その責任などは引き受ける人が負うものであって,決して他者が強制的に負わせるものではありません。社会的な役割は,自分が決めて引き受けているのが原則なのです。もちろん,社会的役割である以上,基本的には共通性が必要であり,個人的多様性は了解の範囲に制限されることもあるでしょう。
情報社会が拡大し日常に網を張り巡らせてきたおかげで,人がイエスかノーかの二者択一を無意識のうちに仕向けられてしまっています。例えば,何かのお知らせであっても,今ここで返事をしなさいと迫られ,次から次に流れていきます。必要なときには思い出して返事をしてくださいという受け手の状況に合わせる配慮はされていません。このようなディジタル情報に巻き込まれた結果,1か0か,有りか無しか,するかしないか,正か邪か,成功か失敗か,良いか悪いか,好きか嫌いか,味方か敵方か,得か損か,といった判断しかできなくなってしまっています。
この二者択一に嵌まった思考が,バイアスを持ち込んでしまって,日常のあちらこちらにまんべんなく固定観念を突きつけてきます。その結果がジェンダーバイアスのくすぶりであるのみならず,ハラスメントのパンデミックに発展しています。
1か0かの理解で済ませるのではなく,多様な理解をできる能力を使わなければなりません。ディジタルではなくアナログの理解です。1と0の間の状況をありのままに受け止める余裕です。先の例で言えば,子どもを産むかどうかは本人が本人の事情で決めればいいのです。産みたい人もいれば,産みたくない人もいる,その現実を素直に受け止めれば済むことです。産まないといけないという他者からの押しつけは,無用であり,無益です。どちらでもいいという社会状況もあり得るのです。
さらに不可解な状況として,「ヤバい」という言葉が,元は危険な意味でもあったのに,最近は素晴らしいの意味でも使われるようになって,選択の可能性を消し去っています。何も言わない,無言だけが残され,普通ではないことだけが言語化されていきます。自分にとって良いか悪いかの判断もしなくなっているようです。
人がお互いに分かり合えるために,対象を分ける言葉を生み出し使ってきました。その言葉が正しく伝わるためには,背景となる社会での共生関係が必須なのです。簡単に言えば,当事者でない者の言葉は通じにくいのです。今の情報社会の能力では,共生をしているかいないかに関係なく,網羅的に言葉を押しつけてきます。通じるようで通じてない,そんな行き違いが,意思疎通の混乱をもたらしています。その事情を弁えて,丁寧な言葉遣いをすることが,礼儀なのです。
言葉の礼儀の一つは,私はこう思う,こうであるという形が基本であり,あなたはこうである,こうすべきという形は避けた方がよいのです。ユーメッセージは避けてアイメッセージを守るのです。礼儀を守ることができれば,ハラスメントはごく自然に消えていくことでしょう。
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