《考えよう 暮らし八分の マニフェスト》

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 「毒まんじゅう,なんでだろう,マニフェスト」の3語が,今年の流行語に決定したようです。お笑い界と政界の流行語で,庶民の暮らしとは直接関係はありません。世情は流行語を産み出す活力に乏しかったということでしょう。庶民よ,もっとガンバレと応援したくなります。
 トップテンに入ったのは「コメ泥棒,SARS,年収300万円,バカの壁,ビフォーアフター,へぇ〜,勝ちたいんや」のようですが,どうにも威勢がよくありません。じっと我慢のときと思い定めて踏ん張るしかないのでしょう。業界は前年比10%増を目当てに走ってきましたが,今は前年比すら維持できない模様です。どこまでずり落ちれば止まれるのか見えてきません。
 地獄の沙汰も金次第。お金が廻らなくなるとあちらこちらで軋みが出てきます。福祉や文化関係の金喰い事業は真っ先にカットの矛先が向けられます。生活の切りつめが余儀なくされます。これでは意気が上がるはずもありません。ジリジリと追いつめられている事態から脱出しましょう。開き直ってしまうのです。
 出直しをする覚悟をしてみます。今の生活レベルはとても豊かなものという実感があります。例えば,子どもの頃は自家用車など夢でした。それが今では普通になっています。風呂は薪を燃やして沸かす五右衛門風呂で,今のバスは当時では王侯貴族のレベルでした。多少引き返すつもりになれば,できないことではありません。でも,この感覚は団塊の世代以上の者にしか持てないものです。
 若い人は今の生活が当たり前であり,レベルを下げるということがどういうことなのか見当もつかないはずです。つまり,出直しをすること自体が不可能なのです。平和でよい時代しか知らないというのは,耐性を育てていないことなので,いささか心配です。
 右肩上がりの豊かさに慣れてしまった感性が,現実の右肩下がりを受け容れることは困難です。それでも,行き過ぎたら戻るというプロセスは不可欠です。どこまで戻ればいいのでしょう。それはちょっぴり不便だな,少し足りないなというレベルです。暮らし八分にすればいいのです。腹八分が健康なら,暮らし八分が健全でしょう。例えば,面倒だなと思うことをお金で解決しようという暮らしぶりが行き過ぎているのです。
 節約の勧めではありません。皆が節約したら世の中のお金の回りが滞り,品物が売れなくなり,会社の業績が下がり,給料が少なくなるといういたちごっこに陥っていくからです。これがデフレスパイラルであり,望ましいことではありません。暮らし二分を切り捨てるのではなくて,社会に向けて有効に活用するようにすればいいのです。例えば,地域福祉や地域活動に生かすのです。社会が豊かになれば必ず元気が出てくるはずです。

(2003年12月07日号:No.193)