《面倒な 人付き合いに 救われる》

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 3万4400人。わが町の人口とほぼ同じ規模です。15年一年間に自殺した方の人数です。死ぬほどのことはないだろうにと思う人も多いでしょう。余程つらかったのだろうと同情をする人もいるでしょう。古来から知られている人間の四苦は生老病死です。老いを近づけたくない,病から逃れたい,死を免れたい,この3つが苦であることはよく分かりますが,生きることが苦ということはにわかには同意できないところがあります。でも,生きることはやはり苦なのです。
 人は必ず悩みを抱えています。一つであればなんとか飲み込んで堪えたり,酔いに紛らすこともできます。悩みが二つ,三つと重なってくると,四六時中どれかの悩みに囚われて,考えが身動きとれなくなります。しばらくの間ならなんとかしのげますが,長引くと,どうしようもないと自分を追い込み,逃れるためには自分を消す以外にないという悪魔の囁きが聞こえるようになります。
 気持ちを入れ替えたり,開き直ったり,無から出直しをするといった再起ができるように心掛けることが自己対処の理想でしょう。でも人は誰でもそんなに強くはありません。生きることに真剣に向き合うほど,悩みを掘り起こしてしまうものです。悪い方に考えが流されていくものです。実はそのときにいくつかの分かれ道をそれと気付かずに選んでいます。どこかで別の選択をしていれば,必ず救いの道に戻ることができます。あのときあれをしていればという分岐点が必ずあります。
 世事の雑音が入ると,うるさいとか,わずらわしいとか,面倒だとか感じて嫌なものですが,危険な囁きをかき消してくれる効用があります。いわゆる,忙しくて悩んでいる暇がないという状況です。ところが,病気やリストラなどで,その多忙さを奪われると,新たな悩みが追加されてしまいます。傍に親身になって悩み事を聞いてくれる人がいれば,気持ちが楽になります。悩みの荷物を少しは一時預けできるような感じになります。かすかな明日の光明を見つける落ち着きが回復できます。
 人は社会的な生き物といわれます。周りの人とのつながりが人の生きていく選択を用意してくれます。自分ががんばらなければとか,辛さを分け合おうとか,今はすべてを任せて頼ろうとか,いろんな生きる道が拓けてきます。もしも孤独になればその選択肢を失うために追い込まれていきます。一人で悩まないで。誰でも思い浮かべるフレーズですが,それを生かせる日常の暮らしを作り上げておかなければなりません。人は急には仲良くなれないのです。金の切れ目が縁の切れ目というつながりは,生きる上では役に立ちません。人としての温かいつながりが大事です。

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(2004年08月01日号:No.227)