《よろこびは 揺らぐ思いを 歌に乗せ》

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あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 年の始めのためしとて
 終なき世のめでたさを
 松竹立てて門ごとに
 祝う今日こそ楽しけれ

 声に出して歌うことはありませんが,幼い頃に覚えた歌が記憶の中で再生されます。その時々の思いに触れる歌があるものです。その中に,季節の旬を漂わせる歌があります。節句にちなんだ歌は子どもの歌として覚え込んでいますが,節句を楽しむ気持ちが失われて,形式的になるにつれて,歌も廃れていくようです。
 お年寄りから子どもまで声を揃えて歌える歌が生まれなくなりました。歌が世代ごとに違っています。東海林太郎の時代,春日八郎の時代,フランク永井の時代,シナトラの時代,プレスリーの時代,ビートルズの時代,・・・と移り変わってきました。若い世代のときの歌を凍結して記憶し,必要なときに解凍して歌うというパターンが一般的なのでしょう。青春時代がもっとも歌を必要としていると思われます。多感な気持ちをどうにかして表現せずにはいられないという時代だからです。熟年になって熟年向きの歌を新しく覚えるということはあまりないようです。
 何時の時代に覚えた歌であろうと,歌を歌うということは気持ちを発露することになり,精神衛生上は良いことでしょう。悲しいときは泣けばいい,でも大っぴらには泣けないとき,歌を歌うことはできます。寂しさを歌で表に出すことによって,ため込まずに済みます。うれしさは共に歌うことによって倍増します。応援歌の大合唱が気持ちを凝縮することは誰しも経験しています。旋律やリズムが生命と共鳴するからです。
 今年もいろいろな気持ちの揺らぎがあることでしょう。その時々にふっと浮かんでくる歌を口ずさめたらいいと思います。歌のある生活を楽しみたいと願っているのですが,メロディは覚えているのに,歌詞を覚えていないものが結構あって,鼻歌ハミングになってしまうのが情けない仕儀です。

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(2008年01月06日号:No.406)