《よろこびは 対話重ねて 無知を知る》

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 人類が他の動物と違って人になることができたのは,言葉を獲得したからです。言葉によって知恵の記憶・整理・伝搬ができるようになりました。言葉の基本機能は,伝達機能,つまり他者と知恵を共有する働きです。そこにコミュニケーションが成立し,社会システムが構築されます。知恵の総体である文明圏は同一言語圏と重なります。ところが,知恵の有り様は人間の知的能力に依拠しているので,言語表現は違っても意味の共通性が備わります。猫とcat は同じ意味を持ちます。そこに,言い換えという言語表現の対照翻訳が可能になり,文明圏の交流が生じ,社会の発展が起こりました。
 言葉によるコミュニケーションができなくなったら,人の社会は動物界と同じレベルに後退し,本能的な弱肉強食の世界になるしかありません。人は話し合いができる状態では交流を図ることができますが,話が通じなくなると問答無用の闘争状態に入る仕組みが発動します。世間において発生するすべてのトラブルの背景には,問答不能の状況があります。話せば分かるという状態を逸脱しないことが,人としての基本的なスタンスです。
 バベルの塔を天上まで伸ばそうとする人間の傲慢さを打ち砕くために,神が人間の言葉を分割してお互いのコミュニケーションを通じなくしました。結果として,共同作業である工事は頓挫してしまいました。世界が多言語であることの理由として語り継がれています。その後,翻訳・通訳という手段を手に入れることで,現代人は情報化による国際化に進んでいます。より大きな社会システムを維持できるようになったのですが,同時に傲慢さが現れてきました。
 情報の格差が,二面性をもたらします。情報を操ることに堪能な者は,世間に君臨するという王権擬きの心情を肥大化させるようになり,一方で情報弱者はコミュニケーションの不全に陥り,話について行けなくなり,人社会からはみ出そうとしています。高度文明社会は,高度な言語能力を必要とします。知らしむべからず,よらしむべしという言葉を参照すれば,情報の格差が封建世界の特色であったことに思い至ります。新しい時代であるように見えて,社会システムとしては逆行が起こっていることになります。
 世代間のコミュニケーション不全も危惧されています。相互理解が確保できないために,協働という機能も封じ込められ,暮らしのそこここで理解という枠を逸脱した本能的な衝突が頻発しています。家庭内の惨事も背景に経済的な事由があるとは思われますが,もっと深いところでは話せば分かるという機能が失われているのです。話しても分かってもらえないと放棄するのではなく,話を分かろうとしないという頑迷さにすがるのを止めれば,話は通じるはずです。通じさせなければならないのです。
 価値観の多様化が時代の特徴といわれていますが,そこには問答無用という牙が隠されています。価値のすり合わせをする言語の力,言い換えれば新しい価値観を構築する力を発揮するチャンスなのです。社会システムは最終的には単一価値観を大黒柱としなければ成り立ち得ないものです。言葉は時代と共に動いていきますが,それは新しい価値を定義する言葉が現れるということです。パラダイムの転換が社会の安定をもたらします。例えば,スローフード,スローライフといった言語も新しい価値観を生み出そうとする言葉です。
 国際化という横の広がりの多様化,長寿化という縦のつながりの多様化,それはさまざまなコラボレーションを強いてくるはずです。哲学的にいえば概念の止揚化が進むチャンスです。その努力がなされることによって,縦横の多様化は相互理解可能な新世界に移行していくことができます。人が考え思うことは相互理解不能な隔たりがあるはずもありません。たかが人間なのです。ただ言葉は後からついてくるものなので,時間的な遅れがあるに過ぎません。人がいつの時代にも乗り越えてきた道です。
 人と対話をすることによって,言葉が磨かれ,意味の確認が進み,さらに言葉がふくらみを持つと,言葉が新しい世界を切り開いてくれます。講演を聴いたり,読書をしたりする時間を持ち,豊かな言葉の世界を楽しもうとする意思が失われないようにしたいものです。

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(2008年11月09日号:No.450)