《よろこびは ともに納得 する対話》

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 ある社会的な活動をする組織で代表者が代わりました。その方の組織運営について,いろんな面で納得がいかないという声が飛び交っています。その声を聞いていると,確かにいささか奇異に感じる部分もありますが,部外者なので全体の流れが不明であり,判断を保留しています。それにしても,運営の方法が稚拙のようです。メンバーが納得できるように,情報を公開し,判断の論拠を明確にし,意見を問うというプロセスを堅持すべきです。
 代表者であるからと,独断的に決定の結果のみを告知するというやり方は,現在の組織の運営ではありません。たとえそうであっても,それがそれなりに納得のいく場合ならまだしも,どうしてという疑問が出てくるようでは感心できません。タテに上意下達に流れる利益団体ではないので,個々の損得という物差しはあからさまには入りませんが,それだけにクリーンで分かりやすい運営がネットワーク型組織の活力を生み出す基盤になります。
 別の組織でも,運営上のまずさが見えることがあります。寄り合い所帯の組織ですが,一部の意向で運営がなされており,会議は開かれるのですが,議案が提案され諮られるというプロセスは全くなくて,一方的に通達がなされているようです。意識的ではなくて,単純に未熟なせいだと思われますが,組織活動の基本的な態をなしていません。周りの人が少なからず迷惑を被っているのですが,経験の積み上げができない組織構成になっており,毎年繰り返して改善の兆しは見えません。
 組織運営をする上で最も大切なことは,共通理解をすることであり,そのためには情報の流れを確保することです。組織の血流が情報の流れなのです。もちろん,情報を流す心臓が運営責任者です。隅々まで情報が流れるようにするために,会議の席でメンバー自らが決めたという形を堅守することで,メンバーそれ自体が情報を増幅する機能を発揮できるようにします。そこがうまく働けば,組織は自立的に活動をすることができます。逆に言えば,運営責任者の情報が納得できないままに押し出されていると,メンバーは情報を疑い拒否するようになり,組織は硬直して動かなくなります。
 このような齟齬が生じる背景には,個人的なおしゃべりはできるのに,大勢の人と話をするという経験がほとんどないという現在のコミュニケーションの特性があります。一方的に話すことは子どもでもできますが,こちらの伝えたい話が伝わっているのかを確認することができないようです。つまり話を聞いて確認し,了解したかどうかを確かめながら,段階を経て話を進めることに慣れていません。
 そういえばこんなこともありました。ある方にある講演会のご案内をいただきました。そのときは話を伺ったということで別れました。出席するかどうかはこちらの都合で決めることです。ところが,その方は私が出席するということを主催者に勝手に伝えていました。別の用件で主催者にお会いしたときに,そう聞きましたがと言われてびっくりです。自分の意向だけで動かれては迷惑です。おそらく,ある方にすれば,出席できないと断られなかったので,誘いが受け入れられたと思われたのでしょう。はっきりと用件と重なって不可能だとお断りをすればよかったと反省です。
 当事者であれば,どういうことですか,どうしてそうなるのですかと尋ねたり,こう考えますという意見表明をすることでしょう。お互いに理解をし合うということを大事にしないと,組織のみならず,人とのお付き合いがうまくいかなくなります。情報社会の一方通行性の弊害です。

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(2008年12月21日号:No.456)