家庭の窓
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委嘱を受けている委員の研修の全国大会が,今年は熊本で開催され,出席しました。大会後,会場のそばの熊本城を見学に行きました。広間が新しく再建されたことを聞いていたので,折角の機会に見学をしておこうと行ってみました。天守閣に向かって城門をくぐりながら,城内の広さに圧倒されました。往事はいろいろな用途の施設が建ち並んでいたのでしょうが,今は塀などがあるだけの広場になっているので,余計に広く感じられるのでしょう。
天守閣に向かう途中,平屋の大きな建物(写真の左側)がありました。看板を見ると,そこが噂の広間のようでした。一瞬,期待外れの感じがしました。考えてみれば当たり前なのですが,自分のイメージが間違っていたことに気づかされたのです。何かというと,広間は天守閣の中にあると勝手に思い込んでいたのです。お城=天守閣という狭いイメージから,広間が天守閣と結びつけられていました。天守閣の狭さを考えれば,すぐに修正できたはずですが,考えるということを放棄していたようです。
天守閣に登った後,広間を外周の廊下に沿って見学しました。天守閣に収まるはずもない大きさを実感させられました。ただ漫然と思っていると,とんでもないイメージを持つことになります。考えないということは,怖いことです。
子どもの絵を見るとき,例えば,人物を描いていると,頭が大きく手足は付け足しのように小さく描かれています。子どもは何も考えていないからです。大人は「考えて書きなさい」と注意をします。大きさのバランスを整えるためには,寸法を考えなければなりません。全く同じ手抜きを知らないうちにしていたようです。
実物を目にして,その実際の大きさを自分の大きさと比べて認識すれば,バランスの取れたイメージになります。考える代わりに見てしまえば,それでこともなくことは進みます。見る前と後のイメージの違いを感じたことで,考えることの必要性を納得した経験でした。他愛のないことです。
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