《しあわせは その場その時 動くこと》

 
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 連れ合いが外出して,独り佇んでいるとき,何をしようかと考えています。焦点が定まらずに,浮ついた思考のままに時が過ぎていきます。石油ストーブがパタパタと音を立て始めました。お腹が空いたという訴えです。灯油が無くなりかけて,炎がふらついているせいです。灯油タンクを外して,玄関脇で補充をします。あいにく18リットル入りの灯油ポリタンクの残量が少なく,満タンになりません。
 手持ちのポリタンク2缶が空になったので,近くのスタンドに買いに出かけます。帰ってきて,1つは玄関に,1つは倉庫に格納します。その途中で壁際に置かれた段ボール箱が目に入りました。改めてストーブの灯油タンクを満タンにして,最初の仕事は終わりました。
 年初に粗大ゴミの回収をした際に,壊れていたガスコンロも持っていってもらいました。そのガスコンロを入れていた段ボールが残って,放置したままになっていました。長いこと外に置いていたので,しわくちゃになっています。資源ゴミにとも思いましたが,崩れかけているので燃えるゴミにと考えていたことを思い出しました。ストーブの灯油の補充を終えて,燃えるゴミの袋に段ボールを詰め込む作業に移りました。段ボールの始末が済んで,ゴミ袋に余裕があるので,外回りのゴミを探してみました。落ち葉を拾い,ベランダをついでに片付け,次の仕事が終わりました。
 何をしようかと座して考えていても,することは出てきません。身の回りのことに反応すれば,することは転がっているようです。動いていれば,外界はいろんな働きかけをしてくれています。それに反応するためには,目と耳を澄ませばいいのです。暮らし,人が生きていくということは,常に動いています。その動きの中に身を置けば,することはすぐそばにあります。
 一仕事を終え,コーヒーを飲もうとカウンターに近づくと,流しに使った食器が貯まっています。洗っていると,そばの炊飯器に目がいきました。スイッチを入れて炊いておかなければと気付き,炊飯のボタンを押しました。追加の仕事が出てきたことになり,じっとしている閑はなかったことになります。
 連れ合いが用事を済ませて帰ってきます。炊飯が始まっていることに安心しています。連れ合いは外での出来事を一通り話していますが,昼時になってきたので食事の準備を始めます。頃合いを見て,食卓の準備です。座っている時間が途切れていきます。食事が終わると後片付けです。何やかやで,半日が終わっていきました。
 パソコンの前には,一枚の紙があります。灯油を買いに車で出かけ,ついでにガソリンを満タンにしてきましたが,走行キロ数とガソリン量を記録している紙の記入欄がちょうど今回でいっぱいになりました。その記録をパソコンに打ち込み新しい記録紙を準備するために,持ち帰ってきたものです。一連のしなければならない仕事の流れはまだ続いていきます。
 走行記録の始末がついた頃には,小学生の下校時間になります。ボランティア活動で見守りをする予定の日なので,寒さ対策の着込みをして所定の場所まで出かけます。たまたま今日は全校児童が同じ時間に下校するので,見守り時間は短く終わりました。
 生活上の雑事をしている内に,一日が終わっていきます。明日は明日のことが待ち受けています。今日のことは今日の内に仕上げておく,その繰り返しです。何をしようかと考える閑があれば,動いてみればいいのです。犬も歩けば棒に当たるではないですが,動いていればその場その時の状況に反応せざるを得なくなります。人は動物であり,動く物なのです。

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(2010年01月24日号:No.513)