《しあわせは ワクワク感を 招き寄せ》

 
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 ある組織内の委員会の長になることになりました。これまでは傍観者の立場でいたのですが,委員会を動かす立場に逆転します。そこで,3年前の委員会発足時からの事績を手元の会議資料から辿って整理をしてみました。発足時の高邁な趣旨は1年ほどでしぼんでしまっているようです。長期的且つ総合的な視野で組織活動の活性化を目指す役割を課せられた委員会でしたが,当面する課題に縮少した議論に落ち着いているようです。
 会議の運営が連続性を欠き,協議の結論が明確さを欠き,組織内の共通理解に届かないままに放置されていました。理念的な段階で止まり,具体的な形に練り上げる段階に進んでいません。端的に言えば,し残されているという感じです。
 組織内では,何か問題が持ち上がれば,その対応についてはこの委員で検討するというゴミ箱的な使われ方をします。委員会の方では,その期待に添っているのかというと,放り込まれた課題は協議の議題にも上がっていません。組織全体の連携が曖昧で,機能不全を起こしています。実のところ,この委員会は参謀本部的な機能を課せられているのですが,その自覚がなかったようです。
 少人数の委員会ですが,その守備範囲は組織全体に及ばなければなりません。全体が機能的に活動を進める方策を案出し,具体化して,組織構造にはめ込んでいくことが期待されているはずです。組織は継続していくのですが,人事は変遷していきます。人が交代しても組織活動が滞りなく運ぶためには,運営形式を整えておかなければなりません。誰がしても同じ機能を発揮できる作業形式を整えるということです。例えば,連絡文書の形式を整えておくといった些末なことから,諸事決定事項を明文化しておく,さらには,役割分担の共通理解を図ることなど,多岐にわたる作業が不可欠になります。
 協議をすれば物事は解決するかのような幻想を持っている間は,組織の運営は覚束ないでしょう。協議は課題を見つけ並べていく段階で終わりがちだからです。実は,協議をする前提として,課題解決の方策を準備しておく役割を主役が担わなければなりません。組織運営の要は,誰が考え実行するかということを決定することです。その覚悟を持てないままの協議は,誰かがするだろうという暗黙の了解の中に飲み込まれていくだけです。協議のしっぱなしという不毛の時間消費に終わります。協議してもなにも決まらない,つながらない,終わらない,そのような状況では,組織活動は迷走するばかりです。
 これまでは,この組織の運営についてお手並み拝見と傍観者を気取ってきましたが,今年度はそうもいかなくなりそうです。本筋では,組織の長が組織全体の動きを把握して運営すべきですが,参謀本部を預かることになり,動きを連携させる手術を施さなければなりません。のんびりと構えていては時間ばかりが無駄に過ぎていきます。限られた委員会の時間内に,できる限りの実践方策を詰め込んでいこうと気を引き締めているところです。
 降ってきた役割の中で,自分が何をすればいいか見つけていくことは,面倒ではあるのですが,ワクワクしてくるものです。この1年は楽しめるようです。

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(2010年05月09日号:No.528)