《しあわせは 出会い重ねて 笑顔見せ》

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 前の木曜日,久しぶりに小学生の下校の見回りに出かけました。故あってほぼ半年ほどご無沙汰をしていました。この間,小学校が登下校の見守りをしているボランティアへ感謝の会を開いてくれました。たまたま都合がついたので出席をしました。2年生全員が歓迎の役目を代表してくれた会でした。その中で,ボランティアそれぞれに一人ひとり書いたお礼の手紙の束を渡した後に,2年生が分かれてボランティアとお礼の握手をすることになりました。手紙の束をくれた2年生の女の子が,同じ名字でした。同じということで,その子は笑顔を見せてくれました。
 下校の見守りをしていると,女の子がこんにちはと言いながらにこっとします。「○○さん」と名字で呼びかけてきます。あのときの女の子だと気付かされました。返事をすると,「髪切った?」と問いかけてきました。散髪にいっていたので,気がついたのでしょう。さすがに女の子らしい気付きだなと感心させられ,振り返りながら帰って行く女の子の後ろ姿を見送りました。一度しか会ってなかったのに,よく覚えていてくれたと思います。子どもの記憶力の素晴らしさに出会ったような気分です。
 立場上,多くの人の前に出ることがあります。出会いの機会ですが,多勢に無勢で,こちらのことは覚えていただくのですが,皆さんのことを覚えきれません。知られているのに,こちらは知らないという失礼な状況がよくあります。申し訳のないことと,いつも気にしています。女の子のことも会ってすぐに分かるという段階までには至っていませんでした。ごめんなさい。
 出会った人の記憶をたぐり寄せる定番のルートがあります。女の子の立場からは,通学の見守りをしているボランティアというルートで,ボランティアへの感謝の会で出会った人という絞り込みができます。同じ名字ということで記憶が定着しやすかったことが重なります。このように出会いの状況を絞り込むことができたら,思い出しやすくなります。
 制服を着ている人との出会いでは,制服を脱がれると分からなくなります。ある場所にいる人との出会いでは,よそで会うと分からないということもあります。人に関する記憶が制服や場所と連動しているためです。思い出せないときには,「どこでお会いしたのでしょうか?」という問いかけになるのも,記憶のポケットを特定する必要があるからです。自分を思い出して欲しいときには,「どこそこの誰それ」という形で情報を与えることになります。記憶の中にある人を検索するためには,複数のキーワードがないと効率が悪いのです。
 見守りをしていた日は,一斉下校でした。この子たちの中には,感謝の会の時の2年生もいるはずとなんとなく思っていました。名前で呼びかけてくれたとき,あのときの女の子と遅ればせながら思い出すことができました。特に意識はしていませんでしたが,いつの間にか下準備ができていたようです。
 女の子にとって,地域の知り合いのおじさんが一人できたことを喜んでおきましょう。このような温かな出会いが,ボランティアの喜びです。

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(2010年09月12日号:No.546)