《言の葉を 操るつもり もつれだす》

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 「自分に命令せよ,自分に命令しないものは,生涯しもべで終わる」。ゲーテの言葉だそうです。表現は違うでしょうが,自分のことは自分で決めるということです。命令する自分と命令される自分という主従関係で表現したのはゲーテですが,同じ意味のことは,たくさんの人が思い浮かべてきたはずです。それでも,ゲーテの言葉であるとすれば,人生の信条として掲げることができます。
 言いたいことをかっこよく言えるといいのですが,簡単ではありません。古今東西のいろんな方の言葉を知るにつけて,うまい言い方をするなと,感心してばかりです。語録というものがあります。時折覗くことがありますが,どさっと集められていると,一つ一つの印象が相殺されてしまって,味気なく感じられてしまいます。
 物語なら隣り合う文章がつながっていますが,語録では隣り合う言葉が無縁であり,隔絶しているために,読む者の思い入れが絡みつく余地がありません。抜き書きして解放してやらないと,言葉が生き返らないようです。
 言葉は上手に構成すれば,読み手の心象風景を浮かび上がらせます。見過ごしていたり,見えていなかったりした風景が,くっきりと現れることによって,気付きという感動が訪れます。もやもやしていたイメージを明確に浮かび上がらせる舞台を設定する力が言葉には備わっています。
 命令しないものはしもべの位置にかしずくという場面を,ゲーテは設定したのです。一方で,自分のことは自分で決めるという文章からは,どのような場面も思い描くことができません。下手な文章なのです。
 ただ,人の心象は舞台で見せられるものだけではありません。風景として見えてこないものもあります。そのような言葉の領域は,読み手には難解なものになりがちなので,所々に例えを挿入して,大筋の流れを示すことがあります。
 ある総会でパネル形式の意見交換会を企画しようとしています。言葉が行き交うことになりますが,全体としてまとまりのある風景にしたいと目論んでいます。そのためには,パネラーの言葉がそれぞれに役割を持ち,相互に響き合うようにしなければなりません。パネラーの舞台上の適切な配置を計算する必要があります。今,その設計に悩んでいる最中です。

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(2012年03月25日号:No.626)