《もてなしで 誠意見せろと 無理な客》

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 週に一度,講義に出かける時間の関係で連れ合いの勤めている会社まで同伴します。途中の道筋に洗車で賞を受けたというガソリンスタンドがあり,洗車を勧める看板が掲げられています。ところがその看板が薄汚れていて,言っていることとしていることが違うという感じを与えています。
 人は見かけで判断してはいけないと言われています。パリッとした身なりを信用すると騙されたり,うだつの上がらない風采に小馬鹿にしているととんでもない大物であったりします。いずれにしても外見と中身は必ずしも一致しないという教えです。
 ところがお客様相手の場合には,やはり小綺麗にしておいた方がいいようです。一見のお客はお断りという格式張った接客でいい場合もあるでしょうが,一人でも顧客をつかみたければ,お客から一見されることを覚悟しなければならないでしょう。
 人を勧誘するためには,小綺麗さが何よりではないでしょうか。大綺麗さになるとかえって人を遠ざけます。気楽に訪ねてもらうためには,ほどほどのところが肝要です。もてなしとは難しいものです。やり過ぎると気詰まりになり,やり足りないと失礼になります。日頃から気配りを心がけている方は,少しし足りなかったかなという程度がいいようです。十分もてなしたと思うときはやり過ぎていることが多いようです。もてなしも腹八分です。
 中国流の行儀として,食事をもてなされたら一口分残すことが礼儀と聞いたことがあります。もし全部きれいに平らげたら,足りなかったという意味になるそうです。一口残すことで,これ以上食べられないほど頂きましたという返礼になるというのは,なるほどとうなずけます。客もまた,腹八分にする方が粋なようですね。
 もてなされる方が意思表示できる作法は,ゲスト優先です。日本の行儀は出されたものは残さず頂くべしですが,これは客がホストに気をつかっていることになり,ホストを立てる作法はもてなしとは言えないような気がします。この立場の逆転が日本でホームパーティをしづらくしている要因でしょう。ゲストは招かれてホストに気を遣い,ホストはゲストの満足感を推量する難しさを背負わせられるからです。
 人を訪ねたときに,「お茶とコーヒーのどちらがいいですか?」と尋ねられることがあります。たいがい「どちらでも」と返事をするでしょう。ホストに任せますが,ホストは迷います。お茶を出しても,相手はコーヒーがよかったのではといつまでも気になります。はっきりと言ってあげましょう。

(2001年06月24日号:No.64)