家庭の窓
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クラブが行っているボランティア活動の一つとして,下校時の小学生の見守りがあります。いつものようにいつもの場所で子どもたちの下校を待っているとき,一人が気がつきました。歩道沿いに,はためいていた幟がすっかり姿を消していたのです。飲酒運転撲滅などのアピールの幟です。交差点内の花壇に掲出していた幟も,いつの間にか消えていました。協会からもらい受けて掲出していたのですが,何の断りもなしに取り払われていました。いたずらではないようですが,キツネにつままれたような,落ち着きの無さに陥っていました。
そういうことがあったことを忘れかけていました。仕事の一つとして,たくさんの書類に会長として決済印を押していました。交通安全関係に関する文書に目を落とし,高齢者の交通死亡事故抑止なにがしといった標題から文面に向けて斜めに視線を送っていて,○印で箇条書きにされた所の字面で動きを止めて読んでいきました。「のぼり旗」という言葉に触れて,記憶がパチッとはじけました。読み流していた文章を,意味を読み取るようにすると,次のように書いてありました。
○道路上に掲出されたのぼり旗に,自転車が接触し,
その運転者が負傷するなどの事案が発生している事
○交差点付近に設置してあるのぼり旗で,
安全確認に支障が生じ危険であるとの苦情等が寄せられている事
そこで,現在,道路上等に掲出されているのぼり旗については撤去していただくか,事務所の敷地内等へ移動するように,警察から指導があった・・・,ということでした。
交通安全を願うのぼり旗が,逆に支障になっているというのは,なんともお粗末なことというわけです。それにしても,たかがのぼり旗に振り回されるほど,人は柔になったのかという気がしないでもありません。安全に反することは無い方がいいので,妥当な措置と言わざるを得ません。
中途半端な状況を,思わぬ所で,すっきりさせる道につないでくれることが起こりました。別に捨てられているわけでは無かったのですが,拾ってくれる神がいたようです。さらに,この文書を見た次の日にグループの例会が予定されており,メンバーに解決の情報を伝えることができるという良いタイミングでもありました。文書のコピーをとって,備えました。訳が分かるとすっきりするという気分をお裾分けすることができそうです。
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