《本当の 危うさ感じ 用心を》

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 帰宅途中に,頼まれていたお使いにスーパーに立ち寄りました。買い物を済ませての帰り道で,ひやりとする場面に遭遇してしまいました。幸いに何も起こらずに,ホッと胸をなで下ろしました。
 スーパーに平行に走っている直進道路に,スーパーに向かってくる道がT字路でつながっています。駐車場から直線道路に出て,T字路にさしかかると,右折しようとする前者がいったん停止をしています。そこはちょうどスーパーの入口に位置しているので,信号のない横断歩道が設置されています。前者は横断歩道を過ぎて停車していますが,折しも女性客が買い物を終えて,横断しようとしています。
 歩道の手前で一旦停止をすると,女性は少し急ぎ足加減で横断を始めました。そのとき嫌な予感がしました。前者の陰になって,隣の対向車線の様子が全く見えなかったのですが,右折車が停止していることは対向車待ちであるということです。車の後ろから飛び出す形になる横断者と対向車がぶつかるという惧れで緊張してみていると,横断者が踏み出す前に対向車が速度を緩めないまま,目の前をズバッと走り抜けていきました。間一髪でした。
 もしも出会い頭に衝突ということになっていたら,事故の可能性を予測できたのに,横断者を制止できなかったとして,責められる事態に陥っていたかもしれません。そうでなくても,かなり自責の念にとらわれることでしょう。立場を逆にして,対向車を運転していたとして,右折待ちの車の陰から歩行者が飛び出してくるということを想定できただろうかと,迷いました。信号のない横断歩道は,見通せないときは徐行が原則と,改めて思い直しました。
 何十年運転していても,ほんの一瞬の油断で,とんでもない事態に巻き込まれることになります。物損であれば,償いは可能ですが,人への事故は償いようがありません。細心の注意を怠らないように,気持ちを引き締めて,運転しなければなりません。事故に遭ってその後遺症の痛みと付き合わされている連れ合いを見る度に,車の怖さを感じています。自分は大丈夫ということは,あり得ません。

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(2015年03月08日号:No.780)