《仕合わせは 気付きをもとに 振り返る》

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 小学1年生の活動発表を見る機会がありました。サラダを作るテーマで,動物たちが野菜を持ち寄ってくれるという設定でドラマ仕立てで進行します。受け取った野菜のパネルを舞台の頭上に設けた皿の形をした袋に,向かって左から順番に差し込んでいきます。袋は高い位置にあるので,1年生は一人用の椅子を足場にして差し込んでいきます。横に並べていくのでパネルを差し込む場所が右に移動します。前の人が足場にした位置では椅子がずれているので,椅子を少し右の新しい位置に移動させて,登らなければなりません。
 何気なく野菜のパネルが並んでいくのを見ているとき,おやっと思わせる光景がありました。一人の女の子が野菜のパネルを差し入れた後,降りたばかりの椅子を少し右に動かして,所定の場所に戻っていったのです。次の人が使う位置に動かしたのです。自分の役を終えた所に止まらずに,流れを分かっていて自分の後につないでいることに驚きました。その一瞬の行動がごく自然になされたのです。その次の子は用意された椅子を足場にして野菜パネルを差し込んで,椅子はそのままに退きました。
 さらにもう一つの光景が続きました。続いてパネルを持っていった子は,前の子が残したままの椅子の位置では,自分が持ってきた野菜パネルを入れる場所が詰まっています。そのできない状況に対してどうすればいいか考えると,椅子を新しい位置に動かせばいいのですが,椅子には触らないままで,結局入れる場所がないので床に置いてしまいました。その次の子は椅子を動かし,パネルを一つ飛び抜かして並べていました。
 それぞれの家庭で,妹か弟のいるお姉ちゃんは,下の子のためにちょっと面倒を見ることに慣れていて,自然にしてやる行動ができるのでは? お姉ちゃんに構ってもらい慣れている妹は,してくれることに慣れているので,自分でなんとかすることができないのでは? 一人っ子は,自分のことは自分でするだけでは? 三者三様の姿を見て,そんなことを思い巡らしてしまいます。兄弟関係を思い出して,重ね合わせていますが,その推察が的を射ているのかどうかは分かりません。
 次の子のために椅子を動かせる子はいい子,自分のために椅子を動かす子は普通の子,椅子を動かしてくれないとできない子はわるい子,といったことを言うつもりはありません。子どもはしたことがないことはできないのですから,できるような環境を整えてやればいいのです。できる子,できない子と判定するのではなく,できる環境とできない環境があると大人の側の環境整備の不備に気付くことが大事です。人を判定する前に,自らの手の内をチェックすることが先でしょう。

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(2015年12月06日号:No.819)