《喜びは 内なる凶を 封じ込み》

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 「脳も胸も その図らいも 凶器の隠し場所」。詩人の吉野弘さんの作だそうです。蛇足ですが説明すると,考える場所である脳という文字,思いを秘めている胸という文字,それをどう行動に移すかという図りという文字,どの文字にも凶という文字が隠されています。文字を作った人たちの図らいは分かりませんが,ただの偶然とも思われません。性善説に従わず,性悪説を何気なく込めているようなものです。
 「人を見たら泥棒と思え」。脳も胸も凶の字を隠し持っているのですから,人は信用できません。したがって対抗上,人を疑う凶という図らいをしなければなりません。人間関係は緊張を強いられるものになります。その基本的な立場の上で,この人とは信頼関係を実現できると努力する希望が生まれてきます。誰とでも信頼関係が自然に結ばれるのではなく,この人と思い定めて努力をすることが必要なのです。もちろん,それはお互いの努力が前提条件です。
 自分の脳にも胸にも凶を内包しているという自覚を持っていなさいと,文字を通して天の図らいが届いているのかもしれません。うっかりすると,自分勝手な内なる凶が漏れ出てしまうかもしれません。自制することが必至です。人は弱点を克服しようとして成長していくように,内なる凶を封印することで人から人間に変身していくことができます。悪は無いとして無防備で済ませては何も変わりません。西洋で人が負うべき原罪という考え方があるのと対応しているように思われます。
 冒頭の詩人の言葉は,アメリカンフットボールのルールからの逸脱に関する新聞コラムに引用されていました。問題行動が起こってしまったとき,そこに内なる凶の漏洩を容認し,指導者としての図らいがあったとして指導者を咎める論評でした。別の記事では,当事者である選手が,図らいを間違えて内なる凶を解き放ったことを反省していることが報じられていました。大昔にパンドラの箱が開かれてしまったことは,今も続いているようです。

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(2018年05月27号:No.948)