《楽しみは 余白が守る 絵の思い》

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 日本の美感の特徴は非対称と余白であるという意見を目にしました。なんとなく感じていたことを,意識化された感じです。確認のために,検索をしてみました。
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 日本の美感の特徴は、非対称性と余白にあります。非対称性は、調和を崩すのではなく新たな調和を生み出すための美の形であり、余白は空間や時間の"隙間"を意味し、そこに意図があり、緊張があり、豊かな静寂が宿っています。日本建築や芸術、日常の所作には「間」という独特の美学が根付いており、特に日本建築においては空間のあり方そのものを左右する重要な要素となっています。
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 対比される西洋の美感は,対称と充填となるのでしょうか。幼い頃,学校での図工の時間に西洋画と日本画を見せられたとき,西洋画の華やかさと完成度に比べて,日本画の寄り添う視点と未完成さを感じていましたが,それは素直な読み方であったのです。ただ,どうして注目している部分しか描かないのか,先人たちがそのままに余白にしてきた理由はよく分かりませんでした。
 この余白を「間」という意味づけをしてあれこれの解説をしているサイトが見つかりましたが,美術的な素養に乏しい者には,どうもそうだという落ち着きが得られません。素人は自分の地点から歩みを始めて余白の謎に向かっていくしかないようです。
 対称となる事物につながる全体を観察者として真正面から見届けている西洋風の観察ではなく,対称そのものに観察者が寄り添おうとすると,視点は脇見の角度になり非対称な観察になるでしょうし,見えていない部分が出てきます。そこは見ていない白い空間という余白になっていきます。対称と観察者の間を結ぶ証が絵柄であり,観察者以外の対称との間は外されています。自分以外の対称とのつながりを省くことで,対称との一体感を表現できています。
 この世の中は,生き物だけではなく,森羅万象がその構成物の間の関係によって存在しています。対象物がどの要素との間によって成り立っているか,それを直感として把握しようとすると,周りは空白になっていきます。集中すると周りが見えなくなる,そのつながりの強さに共感するのが,日本の美感でしょう。西洋の視点のように,対象物に関わる周り,その周りがさらに関わりつながっている外の周りも見届けていこうとすると,対象物から視点が外れていきます。それは,視点の時間軸に沿った動きになりますが,完成した絵では,視点の動きは見えなくなってしまいます。余白を持つ絵では,今この瞬間の観測者の視点だけが選ばれています。観測者の一瞬を意識する,それが特徴だと思われます。
 観測者の一瞬の視点である表現に接すると,観覧者は観測者の感覚をもろに感じることができます。何を見てほしいのか,作者は何を見ているのか,鮮明に共感することが可能になります。理解するのではなく,感じることが求められているのです。
 
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(2026年04月19日:No.1360)