*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

人権メモの目次に戻ります

【分けるということ?】


 鳳凰は鳳が雄で凰が雌です。麒麟は麒が雄で麟が雌です。鴛鴦は鴛が雄で鴦が雌です。普通はいずれも二文字で一つの動物と思っているでしょうが,雌雄の対なのです。ですから,麒麟児という言い方はおかしなことになります。ところで,サイコロにも雌雄があります。一天地六,五東二西は固定していますが,四南三北となるのが雄サイで,四北三南となるのが雌サイだそうです。雄サイを正サイと呼ぶようです。
 川の岸を区別するとき,右岸と左岸とがあります。その右左は向きによって逆になります。そこで,川下に向かっての左右と決まっています。このことを知らずに右岸とか左岸とか言っていると,コミュニケーションに間違いが生じるので要注意です。
 鉄道のトンネルは両開きですが,出入り口はどうなっているのでしょうか? 場所を指定しなければならない場合は困ります。下り列車から見たときの入口と出口という風に決まっています。つまり,起点に近い方が入口になります。
 筑紫の国が筑前と筑後に分かれました。その前と後はどういうことで決まったのでしょう。越前や越後という国もあります。また,上総と下総という上下もあります。前後や上下には視点があります。都から見る視点です。都に近い方が前であり上というわけです。
 中国地方という呼び方があります。どこが中の国となるのでしょうか? 京都や奈良が近国で,九州が遠国であり,その間である中にあるからです。近国は近畿として残りましたが,遠国は消えてしまったようです。
 雌雄を決するとか,白黒を付けるとか,進退を明らかにするといった局面に出会うことがあります。そこで必要になるのがプリンシプルです。争い事については憲法及び法律が持ち出されますが,その明文が描き出そうとしている起点としてのプリンシプルは,自由・平等・博愛になります。
 場所については,起点を決めてしまえば前後左右上下という空間の認知は誰にでも明らかです。ところが,世情のことは起点が1つではなく,自由・平等・博愛と3つあります。悩ましいのは,この3つの自由・平等・博愛の配合比です。どれか1つを100%にすることはできません。単純に3分の1ずつというわけにもいきません。どのようなさじ加減が最適なのでしょうか? おそらく,状況ごとの前提条件によって違ってくるでしょう。そうであるなら,ケースバイケースで配合比が変わってもいいのかという新たな悩みが生まれてきます。ジレンマを越えてトリレンマです。

(2009年03月07日)