*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

 

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【SOSミニレターから救済へ?】


 平成23年度の協議会の総会で,委員研修を開催しました。テーマは「子どもの人権問題について」として,論点を〜SOSミニレターから救済へ〜と定めました。以下は,その研修の概要です。

 研修は協議会前会長の進行で始まりました。SOSミニレターの返事を書くだけという段階に止まるのではなく,救済へと向かう意識を持つために研修を持つことにしたという趣旨の説明がされました。

 皮切りに,県連会長により問題提起がなされました。
 平成22年12月の時点で,全国で21,000通のレターが届きました。県内では1,019通であり,いずれも前年に対して増加をしています。大阪では一日に200通が届くこともあり50人体制での返信対応が迫られたそうです。一方で,受信数の増加のみならず,年間を通じて届くという通年化するようになりました。
 県連では,レター対応を平成22年度から一部改めました。従来は,届いたレターに対する対処の指針を人権擁護部第2課で起案して人権擁護委員が返事を書くという流れでしたが,指針を県連の役員も確認する手続きを挿入しました。これにより,人権擁護委員の判断が返事の指針に反映できるようになりました。判断のポイントは,(1)人権侵害かそれ以外の勉強などの相談か,(2)緊急性があるか否か,(3)相談者に向き合う態度,立場の確認の3点です。法務局と委員の一致した対処ができるようになりました。
 SOSミニレターからは,今の子どもたちが置かれている状況が見えてきます。
1.子どもたちの孤独化:文面からは,子どもたちの近くに相談する相手がいないことが伺われます。委員の真摯な返信によって,相談に乗ってくれる人がいることに気付き,リピーターも出てきています。他県では,委員個人のケータイの番号を教えたために夜も架かってくるという事例も出ています。今後,同じようなことが増えてくるでしょう。ともあれ,孤独は子どもにとって人権問題となります。
2.相談内容の深刻化:これまでとは違った内容の相談が来るようになりました。例えば,親の離婚についての相談があります。このような悩みは親や先生には相談できません。また,親に放置されている兄弟がいて,中学生の兄が弟の面倒をみるために自立する方法を尋ねてきました。その相談を受け止めるためにはさらなる状況を知る必要もありますが,そのためには関連する機関等との連携も不可欠となります。返信に止まらずに,救済ということを考えざるを得ない状況になってきました。
3.子ども自身の虚弱化:友達に意地悪をされたとか,冷たくなったという相談がかなりあります。「助けて」という趣旨の相談をしてきますが,子ども自身が「イヤだ」という声を発するという積もりはないようです。イヤだと言えないから助けを求めているようです。人権の知識を持っていても自らの行動に結びつけるまでには至っていません。自分を守る行動ができるようになって欲しいのですが,子どもを見ていない状況では,イヤだと言うようにアドバイスすることは躊躇されます。
 以上のようなレターの質と量の変化からみえてくる子どもの人権に対して,人権擁護機関としての体制の整備が喫緊の課題です。例えば,まず取り組まなければならないこととして,状況を判断するために必要な情報の収集活動があります。ミニレターの文面から得られる限られた情報を補う手立てが必要だからです。これまで行ってきたレターの往復の外に,侵犯性を確認する意図を持って予備調査をすることが考えられます。もしもSOSミニレターが重大な人権侵犯を見逃すことがあれば,一挙に信頼を失うことになります。その意味からも,実施主体としての救済感覚が必要となっています。

 続いて,法務局人権擁護部第二課長から,処理事例についての説明がありました。
 SOSミニレターの浸透に伴って,レターに記載している電話相談やネット相談も増えています。また,レターを親が相談に使っているケースもあります。さらに,69通のお礼のレターも届いています。
 具体的な事例としては,学校でいたずらやちょっかいを受けて困っているという内容のレターに対して,緊急性を感じて学校へ出向いて確認をしたところ,相手となる児童が発達障がい児であることが判明し,見守りを継続するという援助となりました。また,兄が母を叩いたり蹴ったりするという内容の妹からのレターに対しては,児童相談所に通報をしたところ既に状況を把握しており関与したこともあることが分かりました。その他に,子どもがクラブの顧問から体罰を受けているという内容の母親からのレターについては,学校に調査に入り立件できましたが,教育委員会が対処をしたので打ち切りとなりました。レターの中にはいたずら的なものもありました。
 総じて子どもの手紙は拙いために,状況が見えないことがあります。例えば,叩かれたという言葉だけでは,その程度が分からないという悩みがあり,レターの限界があります。

 以上の問題提起の後,意見の交換が行われました。
●学校で孤立し,病気がちの母親から叩かれるというストレスからリストカットをしたという小学生女子の相談がありました。返事は家ではなく学校経由で送って欲しいと希望されていましたが,12月23日のことで,冬休みに入り返信が2週間ほど遅れる状況にあって,とても気がかりでした。直接会って話を聞きたいという思いがあっても,立場上適わないことであるという中で,どのような対応ができるのかと悩みました。
●ありがとうの返事が来ることもあり,それについては一安心できます。返事がない場合には,1か月後にその後の様子を尋ねるレターを法務局から出しています。それでも返事がないときは,一応解決したものとみなしています。
●返信について,親が見てしまうことがあるので,学校経由になりますが,その場合は教育委員会の協力を得ています。本人が予め望んでいない場合には,守秘義務の約束に反することになりますが,やむを得ないことと考えています。
●関与の方策や程度など,ケースバイケースであり,一概には語れないところがあります。
●レターへの対応については,人権擁護委員が関与できるのは深刻ではないケースに限ったほうがよいと思われます。深刻な相談に対しては委員が助言や指導をできないので,専門の機関に任せるようなことを考えてほしい。
●子どもも自分を責めることがあります。人権擁護委員がひたすら聞いてやることができれば,救いになるのではないでしょうか。地域にいる民生児童委員の協力も可能ではないかと思います。
●民生児童委員は細かな守備範囲を持っており直接の接触ができるので,連携をすれば,人権擁護委員は間接的な立場を守ることができるのではないかと思われます。
●法制度について確認をしておかなければなりません。学校や民生委員は虐待の探知機関という位置づけになっており,例えば家庭に調査に入るといったことはできません。しかしながら,人権擁護委員は任意であるとはいえ調査権が与えられています。もし民生委員などに頼るということになれば,法制を理解していないということになります。
●レターも他の相談も同じ扱いをすべきであって,調査を委員も一緒にすることができないでしょうか。
●委員が状況確認のために相談者に直接会うことについては,一般論としては,相談者が同意すれば可能です。また,押しかけていくという場合には適正な手続きに従うことになるでしょう。
●人権侵犯として調査に入るためには厳密な確証が前提となりますが,それ以前の侵犯性を判断するための準備的な入り方の可能性を探る必要があります。
●児童相談所に通報するかどうかという場合に,どの程度確認が取れているかという点が問題となります。そのようなことを踏まえて,児相との連携のあり方は地域性などもあって多様なものとなります。
●死ぬか生きるかというケースは児童相談所の管轄と思うが,人権擁護委員が関わったことで悪い結果に至った場合に,その責任はどうなるのかが心配です。やはり専門的な機関との連携は不可欠であると思います。
●ゴールを予め想定しておかないと本人に会えないし,また正しい了解されうる手続きを構築することも必要です。組織体としては,すべての委員が関わるということではなく,ボランティア的な専門部署を設置することが可能な方策と考えられます。
●レターへの返信から救済までも含めて,ゴールの策定が必須であり,対応のメニューを作っておくことが大事です。メニューがあれば,返信に際しても受容確認の後に,可能な具体策を段階に沿って提示できるようになります。ただ,状況把握のために学校や民生委員といった外部からの観察に頼るとすれば,本人同意が必要であり,守秘という相談の根本との兼ね合いをどのようにクリアできるかが問題となると思います。
●ミニレターの事業のトータルデザインを明確にして提示して欲しい。いじめによる自殺が続いたときに,救済の手段として出発したものですが,改めて救済と結びつけて考え直すべき所があります。
●確認調査ということについては,ミニレターが私信であるという点との整合性が気になります。活動が引き起こす副作用も想定しながら,一歩ずつ進めるしかないのでは。法務局では第一義的には迅速な保護救済が求められますが,見定めが難しい中で,失敗はできないという厳しさがあります。
●ミニレターが目指しているいじめ発見の端緒に関わるという点については意志統一ができるが,その後の対処については委員だけでは無理であり,専掌機関への引き継ぎが必至となります。その際に,例えば,児童相談所はSOSミニレター事業をどのように思っているのか,認識の統一を図ることが先決です。この点について,全連の対応はどうなっているのでしょう。
●3%の子どもの悩みを委員は知っています。この情報を分析して,人権教室に生かしたり,アピール・啓発に向けた提起をすることも考えなければならないことです。

 終わりに,県連会長によるまとめがされました。
 SOSミニレターによる救済の流れについて,全連では検討されていません。児童相談所の態度が地域で異なることもあり,統一できないのが実状です。かつて,虐待連絡会議という組織が作られたことがありますが,2年で消滅しました。そのときは,人権擁護委員がどの部分を担うのかということが問われ,啓発のみという曖昧な態度であったために,他機関は引き上げていきました。委員が何をするのかという覚悟を持たなければ,他を巻き込むことはできません。現時点で考えていることは,次の2点です。
 @調査すべきかどうかを協議する定期的な会議を設置する。調査にはボランティア的な有志を登録して担ってもらう。協議会毎に名簿づくりをお願いすることになる。
 A研修体制が必要であり,合意形成を進めながら,理事会で処理パターンを想定した構想を提示したい。

 短い時間の研修でしたが,SOSミニレターに対して人権擁護委員としての責任のある扱いをしようという熱意が溢れるものとなりました。その思いが具体的な形に結実するかどうか,今後の取組に掛かっています。見届けるのではなく,手を動かさなければなりません。

(2011年04月29日)