*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

 

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【細部にこだわる?】


 「憂鬱」のように,読めるのに書けない字があります。犬や猫のように,普段よく見て知っているのにちゃんと描くことができません。おしゃべりはできるのに,改まって論理的に説明するとなるとなかなかできません。読む,見る,しゃべるという段階は大まかなイメージの把握で事足ります。しかしながら,書く,描く,話すといった行動はいずれも作り上げるという共通性があり,細かなパーツを順序よく積み重ねていく,理に適った工程が必要です。細部を疎かにしていると,制作はできません。
 サイコロの表と裏の数が合計七になることは誰でも知っているでしょう。では,一を上向き,二を手前にしたとき,三の目は左右のどちらでしょう。サイコロの正しい目の位置は,一天地六南三北四東五西二です。一を上にしたら下は六,五を東向きにしたら西向きは二,南向きに三,北向きに四が来る形です。さらに三の目は右上から左下に斜めに三つの点,二の目は左上と右下に斜めに二つの点が彫られていなくてはなりません。まだあります。各面の重さが不均等になるのを避けるために,一の目を最大にして,二,三,四と順次目を小さく彫っていって,削った重さが六つの面で同量でなくてはならないのです。今は一の目だけが大きく彫られていますが,名残です。
 モノ作りには設計図が必要であるのと同じで,人と人の関係をつくる際にも合理的な配慮に沿わなければ不都合を生じます。人権侵害は関係を組み上げている動機,立場,作用といった要素に理不尽なパーツが紛れ込んでいることに気付かないときに起こります。気付いているのに無視しているケースは論外です。侵害を除くために不都合なところはどこかを見抜くためには,人と人との関係について正しい設計図を用意して比較検証をしなければなりません。憂鬱という字の中で線が足りなかったり,多すぎたりして,憂鬱という字に似ているが違っている字を正しく修正するためには,正確な字を知っておかなければなりません。先ず自らの人間関係の細部を一つ一つなぞってみることからはじめてみましょう。

(2011年07月03日)