*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【意味薄れ?】


 結婚式では引き出物が配られます。いくつか倉庫に眠っているものもあります。ところで,なぜ引き出物というのでしょう。どこから引き出されてくるのでしょう。中世から戦国時代にかけては,「引き出物」は実際に引き出してから贈られるものでした。その引き出されたものは「馬」です。昔は,公家どうし,武家どうしの贈り物には名馬が用いられて,厩から庭先に引き出されてから,送り届けられました。今では,馬を贈る習慣などはありませんが,言葉だけが残ってしまったのです。
 手紙の終わりは敬具で結ぶことが多いですが,年配の女性には「かしこ」と結ぶ人もいます。この「かしこ」は,日本の古語の名残です。古典には「あなかしこ」という表現がありました。もともとは「畏れ多い」という意味です。平安時代には,誰かに命令を下すとき「あなかしこ」を付け加える使い方がありました。「ちゃんとやらなければ畏れ多いぞ」という意味で,「絶対に,かならず」という意味を含んでいました。たとえば,「あなかしこ,見給うな」といえば,「絶対に見てはいけない」という意味になります。
 女性の手紙の結びに使われるようになったのは,昔の女性が手紙を書くときは,じつはほとんどが恋文だったからです。文を書くといえば,恋文を書くことだったのです。終わりには,他人に決して見せないでくださいという意味で,「あなかしこ」と念を押したのです。
 賞味期限という日付が記されるようになって,冷蔵庫の中の物を手にするときに何となく見るようになっています。おいしく食べられる期間という意味で,製造元が味を保証しましょうというわけです。賞味とはおいしく味わうことであり,そう考えると,人にお菓子などを贈るときに「ご賞味ください」というのは,謙譲を美徳とする会話にはそぐわないことになります。わざわざ「おいしさを味わってください」と,自分の贈り物を褒めていることになります。「つまらないものですが」と一言を添えるのが,日本人の美徳です。実は,「ご笑味ください」が正しい表現なのです。読み方が同じために誤りが生じ,そのまま通用するようになったようです。
 時代が変わり凝らしぶりが変われば,取り残された言葉は,元々の意味がすり切れてしまって,ただの合言葉のような使われ方をします。セクシャルハラスメントがセクハラと略されると,意味の伝達力が薄まるので,賞味期限が短くなるのではないかと心配です。ところで,人権とは人間の権利という言葉の短縮なのでしょうか?
(2014年06月15日)