*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【伝わるとは?】


 19世紀のアメリカの詩人,思想家のエマーソンは,若いアメリカの思想界に多大な影響を与えました。その理想主義は,人間の完全性,個人の尊厳を信じるところに根幹があります。その意味で,愚痴を話す人間などは,エマーソンの受け入れるところではなかったことでしょう。「愚痴はいかなる理由があろうとも決して役には立たぬ」。とかく人間は愚痴をこぼしやすいものです。しかし,聞く方は不快なだけであることは確かです。
 第16代アメリカ大統領リンカーンといえば,誰でも奴隷解放を連想するに違いありません。その奴隷解放をめぐりアメリカ全土を二分して争われた南北戦争の最中に発せられた言葉です。「直接会って話すのが,お互いの悪感情を一掃する最良の方法である」。南部の奴隷制維持論者に対する非難が集中する折,彼らを非難するばかりではいけない,彼の立場にあれば自分たちも同様であるかもしれない,というのです。意見を異とする相手とも理解しうる糸口はあるのであり,ひいてはそれが説得にも結びつきうることになります。
 チェーホフは18,9世紀のロシアの作家,劇作家です。「桜の園」などの人間の心理を追求する,いわゆる気分劇は日本文学に大きな影響を与えました。相手を恐れさせて従わせても,それは説得とは言えません。むしろ密かな反抗心を増長させることになりかねません。「優しい言葉で説得できない人は,いかつい言葉でもできない」。優しい言葉で納得させることこそ十全な説得である,とするこの言葉は,いかにも人間の心理をうがったものといえます。
 言葉とは元々お互いの思いや意図を理解するために作り出されたものです。愚痴や暴言などの理解し合うことに反する言葉遣いは,不正使用というべきでしょう。分かろうとする思いを伝えることのできる言葉を探す,一方で言葉に寄せられている願いを素直に聴く気持ちを持つ,こうしたお互いに向き合う努力が出会うときにのみ,心が通います。私たちの相談・啓発の言葉が幸せな出会いとして伝わるように願うばかりです。

(2014年07月11日)