*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【幸せに生きる第4条件:参画する権利】


 「東海道五十三次」を描いた安藤広重が世に認められだした頃です。大晦日の宵に,広重はとある茶屋に入りました。初めての店で,主と話すうちに広重の風景画に及びました。「近頃,広重とかいう絵描きの風景画がもてはやされているようだが,どうも私は感心しませんな」。内心穏やかではない広重が,素知らぬふりで聞き返すと,「なぜというに,どうひいき目に見てもあの絵は作り物でございますよ。今時あんな格好をした旅人が街道を通るわけはござんせん。道中の林にしても,風物にしても,あれは実際に見て描いたものではありませんな。頭の中でこさえたものに決まっておりますよ」。
 広重が初めて聞いた歯に衣着せぬ辛辣な批評でした。しかし,自分の絵にどこか満ち足りぬものを感じていながらそれが何かを分からずに迷っていた広重は,茶屋の主の言葉に目を開かれ,旅に出て,道中の中で写生を志し,数々の名作を残すことになりました。門外漢の素人評が広重の才能につながっていきました。

 人は社会に生きています。人が社会につながる具体的なパターンは,社会活動に参画することです。これは特殊な例ですが,茶屋の主は風景画に対する意見を表明することによって,意図しない形で広重の制作活動に参画してしまいました。人が具体的に社会に参画できるように,政治面では参政権,経済面では労働権といった権利などが想定されています。また,性差による参画の違いを解消しようとする活動も法的な支援を受けて進められています。障がい者に関する社会モデルも,障がい者が社会に参画することによって実現されるものです。
 社会活動は多様な参画によって質が高まり,人の暮らしが豊かになってきました。その歴史的な歩みをさらに進めて,全ての人が社会のありように参画することによって,全ての人の幸せに一歩ずつ到達することができます。

(2015年01月02日)