*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【そこ!】


 リコーの創業者であった市村清が帝国ホテルで講演をしたときの表題は「その鳥を狙うな」でした。市村が幼い頃,父親に連れられて山に鳥を捕りに行きました。長い竿の先に鳥もちをつけたものを持たされ「これで鳥を捕ってこい」と言われ、山の中に分け入りました。一日中駆けずり回っても一羽も捕れず、すごすごと帰ってきたことが度重なりました。父親はぺったり,ぺったり、次から次に捕ってきます。
 なぜこんなに違うのかと幼いながらも不思議に思って質問しました。父親は「清,お前は間違っている。お前は鳥を狙っているんだろう。だからダメなのだ。鳥の姿勢,風の向きを見て,鳥は必ずここに来ると、そこに竿を出すのだ」。幼い市村は納得して,そのことを忘れず,大人になってからも仕事にも生かして事業に成功しました。
 気のおけない会話が楽しいときがあります。先に進むような話が成り立つときです。言葉を受け取り,次に返す言葉がちょっと先につながっていくと,そう来るかというわくわく感がかき立てられます。次々に話が展開しながら,それでいて発散することなく,心地よく収束させていくことができたら何よりです。言葉を交えることで、心が通い,小さな納得感が得られると,話していたいと思うようになります。
 悩みの相談を受ける際には,気持の動きを見越して的確になぞる言葉が交わされると,共感しあえて信頼関係を築くことができます。悩みには暗闇型,行き止まり型や迷い型などありますが,どれであっても,要は先に進まないということです。相談者があれこれ考えを巡らすとき,そこで動いているのは言葉です。ああしてこうして,と言葉を駒代わりに動かし,状況を整理しようとします。先に進む言葉が思いつかないと,行き詰まり,悩むことになります。
 相談という知恵の交流を通して,状況を追いかける言葉ではなく,状況の動きを見極める言葉を探すことができたら,先回りが可能になり悩みに風穴が開くはずです。相談者の言葉をなぞりながら,その一つ先につながる言葉を提示することができるようになりたいものです。
(2015年09月03日)