*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【一線一穴?】


 仲五郎という子どもが,母親に「氷砂糖をください」とねだると,「なくなってしまいましたよ」と,母親は後で与えようと思ってそう言いました。仲五郎は遊びに出かけましたが,しばらくしてこっそり戻ってきて,台所の戸棚を開けると「あった」。三つの氷砂糖を一つは口の中に,残りは手に握りしめて外へ飛び出していきました。
 日が暮れかかり,母親が「そろそろ遊び疲れて帰ってくるころ」と思って,戸棚を開けるとなくなっています。ちょうど戻ってきた仲五郎に「お母さんに黙って氷砂糖を食べましたね」。母親は詰問するようにいうと,仲五郎は食べませんという代わりに,「元々ないはずのものが,なくなることはありません」と答えました。母親ははっと表情を引き締め「仲五郎,嘘を言ったお母さんが間違っていました。あやまります」と,我が子に心から詫びました。
 「理屈をこねるんじゃありません」と,親の権威を振りかざして子どもの言い分を押し返さない家庭教育が行われていたからでしょうか,仲五郎は後に,海軍大将になり日本海海戦でバルチック艦隊を破った東郷平八郎となりました。
 たかが子どもとのやりとりに筋を通すほどのこともないという侮りが,繰り返す内に肥大化していきます。一事が万事という喩えもあるように,自分の中にあるちょっとした嘘をなくしておかないと,言い繕いに追い込まれていきます。暮らしのあちこちで一線を越えないことが肝要です。千丈の堤も蟻の一穴から,という言葉もあります。最も大切にしたい親子関係だからこそ,真っ正直でありたいものです。その気遣いがあれば,人様との関係でも後ろめたさを抱え込むことは少なくなるはずです。

(2018年03月04日)