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【模啓?】
レオナルド・ダ・ビンチが描いた「最後の晩餐」は,キリストがゴルゴタの丘で磔になる前夜,弟子たちと最後の食卓を囲んでいる構図になっています。
レオナルドは,キリストが「この中にわれを欺く者あり」と語ったその一瞬の使徒たちの驚きの表情を,それぞれ個性豊かに表現しようとしました。
ペテロ、ヤコブ、トマス・・・。レオナルドの筆は軽快でした。そして苦心の末、イエス・キリストの顔も何とか描き終えました。しかし,12人目の使徒,キリストを銀30枚で売ったユダの顔のイメージだけが,どうにもつかめないでいました。
聖グラチェ寺院の巨大な壁画はただ一つ、ユダの顔の部分を空白にしたまま1年近くもの間、まったく手をつけられないままに放って置かれました。やがて,院長はあまりに長い間放置されていることに業を煮やしレオナルドに催促をし始めました。
レオナルドは,「一人ひとりの使徒の顔は,それぞれ私が思い浮かべたモデルに似せて描いてあるのです。それぞれの使徒の性格や人となりから私は,彼はこんな人物だろうと推測し,モデルを立てたわけです。ところが,ユダのような性格の人間は,私の周りにいないのです。1年間もあの壁画に近寄らなかったのは,その間,ずっと貧民街で彼の顔を探し続けていたからです。しかし,やっぱりユダの顔はありませんでした」。
レオナルドは,しばしためらったのちに,おずおずと言葉をつなげました。「言いにくいのですが,院長,あなたの顔をユダのモデルにさせていただければ,私は今日のうちにでもこの絵を完成させることができるのですが・・・」
これを聞いた院長は腹の底から驚いてしまいました。自分の顔が配信の徒として名高いユダのモデルにされたのではたまったものではないと,ほうほうの体で逃げ出していきました。結局誰をモデルにしたのかは,はっきりしません。何人かの顔を合成したのかもしれません。
見たこともないものは描けません。天才画家にもモデルが必要です。思いもよらないことに出会うと,人は対応できません。想定外のことには無為です。災害については,模擬訓練することでしのぐことになります。侵害についても,事例というモデルを知ることによって,為す術を獲得することができます。啓発には事例が不可欠です。
(2018年06月21日)
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