*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【活言?】


 城主が狩りに夢中になって馬を駆っているうちに,いつの間にか雨雲が空を覆い,大粒の雨が降ってきました。雨具の用意をしてこなかったので,馬を飛ばして民家を探しました。林の中に一軒の貧しい造りの家があり,戸口に馬を止め「誰かいないか」と声を掛けました。家の中から粗末な着物姿の少女が現れました。「この辺りに狩りに来て,にわか雨にあった。蓑を貸してくれないか」。城主の頼みに,少女は戸惑いを見せ,「しばらく,お待ちください」と言い残して,家の裏手の方に姿を消しました。
 やがて少女は,見事に咲いた山吹の一枝を携えて戻り,無言のまま恥ずかしげに城主に差し出しました。城主はわけが分かりません.「私は蓑を貸してもらいたいのだ」。城主はムッとしてそう言いましたが,少女は山吹の枝を差し出したまま顔を伏せています。城主は腹を立てて雨の中を城に戻りました。
 夜になって,酒の席で一件を話し「少女とはいえ,城主に向かって無礼だ」と言うと,「いえ,そうではないように思います」と,年老いた家来が言い,言葉を続けました。「昔の歌に『七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき』というのがあります。おそらく,その少女は,家が貧しくてお貸しできる簔さえないことを『実の一つだになき』に懸けたのでしょう」。
 城主は自分の無学を恥じて,それから学問に励み,歌道に精を出しました。その甲斐あって,城主太田道灌は文武に秀でた武将になりました。後に詠んだ歌です。我庵(いお)は松原つヾき海近く 富士の高嶺を軒端にぞ見る
 人は見かけによらないものです。道灌は少女を見くびっていました。少女は道灌という城主を買いかぶっていました。少女が伝えたつもりが,道灌に伝わっていません。持っている言葉の格が違うと,言葉はその使命を果たすことができません。少女は城主に相応しい言葉を選んだつもりでしたが,残念ながら,道灌に素養が足りませんでした。だからこそ,恥じることになりました。
 相談などで伝えられた言葉が自分に伝わっているか,問い返すことで確かめることが,言葉を活かす作法になります。

(2018年07月08日)