*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【効用口?】


 東海道中膝栗毛の戯作者十返舎一九は,滑稽な著作からは面白い人と思われがちです。しかしながら,実は普段はきわめて口数が少なく,人に会っても応対はやっと時候の挨拶をする程度でした。一九が無駄口を叩くのを聞いた人がいないという状況でした。
 ある人が,一九に向かって「あなたは諸国を旅していらっしゃるから,珍しいお話がいろいろありましょう。それなのに,いっこうに話してくださらない。少しお聞かせくださいませんか」と責めると,一九は笑って,「珍しい話は,私の家の米びつですよ。うっかり話せません」といいました。
 確かに珍しい話は戯作者の飯の種です。そうそううかつには話せないに違いありません。一九の戯作者としての成功の秘密は,自分の足で収集したナマ情報を大切にして,不特定多数の読者にだけ公開したところにあるといえます。
 情報社会の今,見聞したことをごく身近な者に無駄口として語る場がネット上であることから,不特定多数の者にも直結してしまいます。状況は一九の時代の情報管理とは全く違っています。拡散を怖れて個人的な情報の管理が厳しく制限されています。一方で,情報が閉ざされると,知りたい欲望によって,情報の価値が高くなるという副作用が起こり,闇ルートの糧になっています。情報は安心して使える形にしておくべきなのです。
 委員として相談を受ける役目上,知り得た情報を守秘することには細心の配慮が必要です。しかし一方で,不都合な出来事に関する情報を予め多数の人に提供して用心するように促すことも大事です。情報は守るだけではなく,誰にとっても効用のある形で口にするものでもあるのです。
(2019年01月03日)