*****《ある町の退任人権擁護委員のメモ》*****

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【人権侵犯事件統計より:処理の推移(2)】


 令和6年5月末に令和5年の人権侵犯事件統計が公開されました。その一部に「種類別人権侵犯事件の受理及び処理件数」があります。人権侵犯事件が人権擁護機関によってどのように処理をされているのか,その概要を見ておきます。
 統計では,侵犯の種類別に処理件数が報告されています。ここでは,私人間及び公務員の2つの分類を個人的にまとめた 推移表について,処理別割合の年別推移を分析してみました。結果は、以下のグラフのようになりました。活動の参考にしてください。侵犯の種類別の特徴については,公開されている統計を参照して分析等行ってください。

 最初に,各年毎の人権侵犯事件受付件数の推移をグラフに示します。

全国侵犯受付総数推移です
 図に顕著に表れているように,ゆっくりと減少の傾向があり,コロナ禍への対応としての接触抑制策が影響して,事件の発生及び通報などが急激に減っていることが見えています。令和5年には減少が反転している兆しがあります。今後の推移に注目する必要があります。


 次に,侵犯事件の措置及び処理の状況の比較を見ていきます。
 人権擁護機関では,法務局職員又は人権擁護委員が必要に応じて,迅速・柔軟に「調査」を行います。この調査はあくまでも関係者の協力によるいわゆる任意のものであり,警察官や検察官が行うようないわゆる強制捜査ではありません。調査を受けて,侵犯事実が認められるかどうかを判断します。調査の結果によっては,侵犯事実が認定できない場合もあります。侵犯事実の有無の判断を踏まえ,必要に応じて,以下の7種類の救済措置のうち,適切な措置が講じられます。

【援助】 被害者等に対し,関係行政機関又は関係のある公私の団体への紹介,法律扶助に関するあっせん
【調整】 被害者等と相手方又はその者を指導し,若しくは監督する者との関係の調整
【要請】 人権侵犯による被害の救済又は予防について,実効的な対応をすることができる者に対し,必要な措置を執ることを要請
【説示】 相手方等に対し,その反省を促し,善処を求めるため,事理を説示
【勧告】 相手方等に対し,人権侵犯をやめさせ,又は同様の人権侵犯を繰り返させないため,文書で,人権侵犯の事実を摘示して勧告
【通告】 関係行政機関に対し,文書で,人権侵犯の事実を通告
【告発】 刑事訴訟法の規定により,文書で告発

 人権擁護機関に相談・通報などで関わることになった事件について,「援助」以外の処理をした割合の推移を以下に見ていきます。

全国侵犯措置_調整です
 事件に関わっている当事者の間を修復する機会を生み出す【調整】の推移です。公務員,私人間共に平成30年までは減少してきましたが,令和に入って回復しています。公務員については令和5年に急増しています。その要因の分析はまた別途に取り組んでみましょう。

全国侵犯措置_要請です
 被害者の救済に対処できる人に措置をするようにと【要請】をした割合の推移です。公務員については平成26年をピークに前後で増減しています。最近はその割合は急減しています。要請を必要とする事件が減っているのであればいいのですが,最近のカスハラの増加傾向を考えると,被害の側に反転しているのかもしれません。
 一方で,私人間では,最近は急増しています。その要因はどこにあるのか,事件の分類を確認すると,同和問題とインターネットに集中しています。そのことは注目しておくべきです。

全国侵犯措置_説示です
 事件の相手方に直接反省を促して善処を求める事理を【説示】をした割合の推移です。公務員についての説示が主になっていて,平成26年をピークに以降は急減しています。最近は,私人間で増えているようです。分類を確認すると,同和の事件が主になっています。要請の状況と合わせて見ると,同和関連の事件への対応が目につくようになってきたということです。

 【勧告】,【通告】,【告発】は平成29年までは数件報告されていますが,以降は実績がありません。
 
 ところで,人権擁護機関においては,措置の他に,事件の様相に応じていくつかの処理がなされます。

【侵犯事実不存在】 調査の結果,人権侵犯の事実がないと認めるときは,侵犯事実不存在
【侵犯事実不明確】 調査の結果,人権侵犯の事実の有無を確認することができないときは,侵犯事実不明確
【打切】 申告の撤回又は被害者若しくはその法定代理人から調査を求めない旨の意思表示があった場合その他諸般の事情により調査を終結
【啓発】 事件の調査の過程で,啓発を行うことを相当と認める事実に接したときは,事件の関係者に対し,又は地域社会において,事案に応じた啓発

全国侵犯措置_不存在です
 侵犯の訴えなどにより調査を行った結果として侵犯の事実が認められないとして【侵犯事実不存在】の割合の推移です。公務員,私人間の双方共に割合はほぼないという結果です。不存在がないことは、存在しているからと考えることはできません。次の結果に留意しておかなければなりません。

全国侵犯措置_不明確です
 人権擁護機関による調査には限界があるために,調査をしても侵犯の事実を確認できないために,【侵犯事実不明確】と処理される割合は,公務員,私人間共に6%と少ないとは言えない状況にあります。被害の相談者には期待外れの思いをもたらしてしまいますが,責めるだけの立場ではない機関としては,一定数の調査限界の存在は想定しておくことが肝要です。

全国侵犯措置_打切です
 相談者側からの調査を求めない意指表示など調査を終結する【打切】の割合の推移です。ほぼ0.5%ほどの割合が定常になっていますが,これは一般的に想定できる事情でしょう。ただ,令和に入って急増している様子が見えていますが,これはコロナ禍による非接触対応の推進という社会状況の特殊事情も関与していると推察されます。ただ,令和5年にも通年の倍になっている結果は今後観測しておくべきです。

全国侵犯措置_啓発です
 事件の調査の結果がどうであれ,関係者や周辺の地域に対して【啓発】を行うことが相当という割合の推移です。公務員,私人間双方で同じ動きを示しています。平成年間では減少していましたが,令和に入って増加に転じています。割合の数値は1.0%以下ですが,人権擁護機関として実践できる啓発という対応を進めている動きは今後さらに増やしていきたいものです。

 以上のように,人権侵犯の対応の推移を見てきました。社会状況の変動に左右される部分もあるでしょうが,人権擁護機関としてあるべき姿と付き合わせて,救済活動への注力の方針を自覚することが大事です。何ができるか,それを考える委員の気概に期待しています。

(2024年06月23日)