*****《ある町の退任人権擁護委員のメモ》*****

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【人権羅針盤の応用7:自然感覚】


 人権宣言等から導き出した「人権羅針盤」は,下図のようにまとめられました。この図を使って,いくつかの人権に関わる事柄を診断してみようと思います。何か新しい分析の展開ができれば,人権擁護の助けになるはずです。

幸せの人権羅針盤です
 この図では,中央に位置する私の周り(黄色部分)が幸せの権利を表します。その外側,他者との間(緑色部分)が「人権」といわれるものが機能しているところであり,お互いに擁護されるべき領域となります。この人間らしい関係に備わっている人権を尊重することによって,私の幸せが完成するのです。この構成図によって,他者との関係にある人権と,それにつながる私自身の幸せの相関が明確になりました。

 人権羅針盤の応用7は,人が生きていく上での外界との関わりの状況を概観しておくことにしましょう。

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 ※生存要件としての衣食住

 「私が生きる」ということは,環境との関わりに拠ります。例えば,「衣食住」といった必須な関わりがあります。
 厳しい自然環境から身を守るという点で「住」及び「衣」は生きていく上での「安心」を満たす要素に対応させることができます。また,活力の維持に必要な「食」は自然の恵みという食べ物との「参画」という要素に結びつけられます。なお,「住」及び「衣」における多様な様式や表象は「表現」の要素に対応しています。

 ※生存環境の状況を認知する感覚

 環境との関わりを自覚するために,五感という機能が生きる本能とつながっています。人権という人との関係のあり方は,本能が促す関わりを意識的人間社会に適合させる処方箋のようなものなのです。
 人権羅針盤を五感にリンクさせると不足が生じますが,それは第六感を追加することで補っていきます。その結果が次の図になります。

羅針盤に重ねた6つの感覚です
 ○先ずは「触覚」です。人は寄り添い触れ合うことで「安心」という状況に落ち着いていくことができます。身に纏うものについては肌触りを確かめます。触覚を失うと,人は立ち居振る舞いができなくなり,寝たままに動けなくなります。ものを掴むことなどもできなくなります。生きていく上でとても大事な感覚ですが,普段はあまり意識していません。大事なものは無意識になっているのは,心臓の鼓動のようなものです。
 人間関係については,「琴線に触れる」,「逆鱗に触れる」,「腫れ物に触る」,「耳朶に触れる」,「触らぬ神にたたり無し」といった言葉があり,触れ合う際に相手の事情に配慮する用心を教えてくれています。こちらの思い通りにはいかないということです。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という警句も生きる知恵です。

 ○「聴覚」については,空気を震わす異常な自然現象や生き物が発する音声を読み取ることで,それぞれの発生源の状況を示す「表現」を得ることができます。天候や気象などの環境異変や人と関わってくる動物の挙動に関する情報を察知する助けになります。
 「話し上手は聞き上手」,「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」,「一を聞いて十を知る」,一方で,「聴いた百より見た一つ」,「百聞は一見にしかず」,「聞いて極楽,見て地獄」,その他「馬の耳に念仏」,「寝耳に水」といった言葉があります。

 ○「味覚」については,自然界の動植物の恵みを食物という形で受け取る「参画」を左右する感覚と考えます。自分に相応しい恵みであるかを検知しなければなりません。動物界では弱肉強食という非情な関わりが「味覚」に結びついている一方で,共存するという関わりも味なものとして存在できています。
 「味をしめる」,「味なことをする」,「後味が悪い」,「手前味噌」,「味噌を付ける」,「いい気味」,「気味が悪い」,「隣の貧乏鴨の味」,「良薬は口に苦し」,「縁は異なもの味なもの」と、関わり方の機微を暴いてくれる言葉があります。

 ○「視覚」については,自然環境の中で自分という存在がどのような状況に置かれているのかを認知することで,今からの対応を判断することや,さらなる時間の先行きにあるはずの「希望」に向けた行動のあるべき選択をすることができます。
 「目の付け所」,「目が利く」,「見る目がある」,「目からうろこが落ちる」,「障子に目あり」,「人目がうるさい」,「人目に立つ」,「夜目遠目笠の内」,「木を見て森を見ず」,「神様はお見通し」など,先の見通しにつながる情報の認知をになっています。
 因みに,メラビアンの法則では,聴覚に関わる言語表現に矛盾を感じると,言語からは7%,言語以外の聴覚情報から38%,視覚からの情報が55%の割合で認知がなされているそうです。

 ○「嗅覚」については,動物の世界ではいい匂いやいやな匂いという選択によって,繁殖に向けた「成長」の相互支援を可能にするパートナーの選択がなされています。また,生きていく場を確保し合う了解のために,テリトリーを明示し了解し合うメッセージに匂いが使われています。
 「栴檀は双葉より芳し」,「臭いものに蓋をする」,「蘭奢の部屋に入るものは自ら香ばし」など,感覚としては地味で間接的ですが,成長や共生に関わる大事な感覚です。ただ,急を要するといった感覚ではないために,意識すべき状況にないことから,嗅覚に関わる言葉は少なくなっているようです。

 ○最後に,いわゆる「第6感」と呼ばれる感性は,5感による状況を総合的に直感で判断して,身の処し方を「決断」することに寄与しています。「虫の知らせ」といった直感,「思い立ったが吉日」という決意,「案ずるより産むが易し」のように,感覚情報に多少の未知があっても,決断することの有意性を促す言葉があります。5感による明確な情報ではない「虫の知らせ」といったものへの依拠も勧められています。

 以上,人権羅針盤上に描き出した「私が幸せに生きていく上で必須の6権利」に感覚を関連付けてみました。感覚は生きていくことに寄与するものと考えてみたからです。このような関連付けは他に例を見ないでしょうが,羅針盤の方向付けがどれほど汎用性を有しているかを確認することは,本質への接近度を見積もる目安になるはずです。取りあえずの試みはできたようです。

(2024年07月28日)