*****《ある町の退任人権擁護委員のメモ》*****

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【共生社会と人権:その1】


 令和6年10月,ある団体から講演の依頼を受けました。先日そのお役目を終えました。その時の話を採録しておこうと思い立って,数回に分けてお届けいたします。聞きたいという方を前に語ったことが,どのように伝わったのか分かりませんが,一つでもそうなのかと思って頂けたら幸いです。よろしかったら,お付き合いください。
 講演で依頼されたテーマは「共生社会と人権」でした。依頼された団体は障害のある方と民生児童委員,人権擁護委員の方々です。この前提で話を組み立てています。

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 本日はお招きを頂きありがとうございます。頂いた「共生社会と人権」というテーマで,私なりに考えたことをお話しいたします。何か一つ,ご参考になる話があれば,幸いです。しばらくの時間,お付き合いください。

【1】共生社会について

 私たちは普段普通に暮らしています。それがどうしたのということですが,普通に暮らしていれば,人権を侵犯することもされることもないはずです。普通に? それは果たして法律をきちんと意識して守っているのでしょうか? 違います。法律という侵せば罰則のある赤信号,それを熟知していないのがほとんどです。暮らしでは黄信号を守っています,だから,法の条文を知らなくても済んでいるのです。その身近な黄信号である「迷惑を掛けない」という自制によって,早めのブレーキを掛けているのです。
 それでも,普通が破れてしまうことがあります。例えば,お酒を飲んで運転することがあります。自分は大丈夫という錯覚を持ち,事故を起こすつもりもありません。それでも結果として,人権を侵害する事故を招いてしまう事態に至ります。人権侵犯をしたいという人はいないでしょう。そのつもりはないのに,つもりという原因がないから,侵犯という結果もないかといえば,そうではないことも実状です。意識しないで侵害をしてしまいます。どうすればいいのでしょう? 自分の判断を過信しないで,油断なく気配りをしなければなりません。

 お話をテーマに沿わせていきましょう。最近いろいろな方面で「共生」という言葉を聞くことがあります。私たちが普通に暮らしているこの社会では共生されていないのでしょうか? この普通という感覚に隙間があるのです。
 いくつかの方面での記述を参照してみます。まず文部科学省では以下の記述があります。
 共生社会とは,これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が,積極的に参加・貢献していくことができる社会である。誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い,人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。このような社会を目指すことは,我が国において最も積極的に取り組むべき重要な課題である。
 障害者などが十分に参加できていないので,積極的に参加・貢献できる社会としての共生社会を目指していこうということです。
 次に,厚生労働省では,地域共生社会というイメージで,以下の設定になっています。
 少子高齢化や過疎化などの社会構造の変化や人々の暮らしの変化を踏まえ,制度・分野ごとの『縦割り』や「支え手」「受け手」という関係を超えて,地域住民や地域の多様な主体が『我が事』として参画し,人と人,人と資源が世代や分野を超えて『丸ごと』つながることで,住民一人ひとりの暮らしと生きがい,地域をともに創っていく社会である。
 縦割りや役割でのつながりとは別の,より普通の人と人というつながりによる地域づくりが目指す社会と考えられています。
 では,法務省の下ではどのように語られているのでしょう。特別に明示はされていませんが,全く無関心でもありません。この2月に「共生社会と人権に関するシンポジウム」が開催されています。その開催にあたっての趣旨は以下のようになっています。
 国連で採択されたSDG'sの「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性のある社会を実現するには,「人権の尊厳」を社会全体の連帯を支える中核的理念とし,企業や地方公共団体,社会の一人ひとりに至るまで,全ての人の行動が求められています。
 ここで「多様性と包摂性のある社会」という単純な説明が登場してきました。この2つのキーワードを簡単にひもといておきます。「多様性」は「ダイバーシティ」と訳されます。人は性別や年齢,国籍,人種,宗教,障がいの有無など個々に違いがあり,それを受け入れている状態がダイバーシティです。一方,「包摂性」は「インクルーシブ」を意味します。多様性が受け入れられているだけでなく,さらにそれぞれの個性が尊重されながら共生していることを表しています。この2つをセットにして,D&Iと記述されることもあります。

 共生社会が今なぜ登場しているのか,それはあらためて,すべての人がお互いの人権や尊厳を大切にし,誰もが生き生きとした人生を送ることができる社会になることを意識しなければならなくなったからです。特に障害のある人もない人も,支える人と支えを受ける人に分かれることなく共に支え合い,さまざまな人々の能力が発揮されている活力ある社会が持続できる社会の目標に位置づけられてきたのです。

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 講演採録の第1号は以上です。次号は法務省の説明で共生社会を実現するために社会連帯の中核的理念とすべき「人権の尊厳」について,述べていく予定です。

(2024年10月27日)