【生きる羅針盤の提案(24):怒鳴る(1)心理】
人権宣言等から導き出した「人権羅針盤」は,人権という言葉が目指すものに言い換えると人が穏やかに生きるための羅針盤と考えなければなりません。だからこそ,先に示した子どもの育ちを考える羅針盤としても有効になることができたのです。ここでは,「生きる羅針盤」としての様子を描き出しておくことにします。ふと立ち止まって,「生きるとは?」という疑問に出会った際に,その思考のお手伝いができたら幸いです。
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「私が生きる羅針盤」を考える第24版です。今号では,何かと怒鳴る人の心理を取り上げます。怒鳴る人が生まれる背景には,育った環境だけでなく本人の内面的な心理が密接に関係しています。外見だけでは理解しにくい怒鳴る人の心の奥にある心理状態について考察している論考を,生きる羅針盤に参照してみました。
【自分が一番でいたい】
《説明》※自分が一番でいたい
怒鳴る人は,常に自分が優位でありたい,周囲より優れていたいという承認欲求や優越感を強く持っています。そのため,少しでも自分の立場が揺らぐと感じた瞬間,怒鳴ることで自分の優位性を守ろうとします。たとえば職場で他人が褒められているときに不快感を覚え,「自分が評価されないのはおかしい」と感じて怒鳴ってしまうことがあります。このように,承認欲求が満たされないと感じた際に怒鳴る心理が生まれやすいのです。
※怒鳴るという行動の背景にある心理の一つは,もう一人の自分が自分を尊重しようとしない周りの状況に反発するものです。怒鳴ることによって,周りも自分を尊重するようになるべきであると強く思い込んでいます。自分が周りからどう思われているのか,そのことに拘っているもう一人の自分の弱さが表れています。
【人を動かしたい】
《説明》自分の思い通りに人を動かしたい
怒鳴る人の心理の中で特に多いのが,「相手を支配したい」という欲求です。自分の考えや要望を無条件で通したいという気持ちが強く,その欲求を満たすために怒鳴ることで相手を萎縮させ,従わせようとします。このような心理は,幼い頃から自分の思い通りにいかない状況に耐える経験が乏しかった場合に特に強くなります。怒鳴ることで自分の力を誇示し,相手を支配下に置けると学習すると,この方法を繰り返し使うようになるのです。
※怒鳴るという行動の背景にある心理の一つは,もう一人の自分が自分の周りを支配しているという錯覚に囚われていることです。自分が支配できる範囲は自分だけであるという平等概念を習得できていません。怒鳴るという強さによって,理不尽な強権を発している自分の未熟さを露呈していることに気付かなければなりません。
【ストレスの解消で】
《説明》怒鳴ることでしかストレスを解消できない
怒鳴る人のなかには,日常的なストレスやイライラを怒鳴ることでしか解消できない人がいます。このタイプの人は,自分の感情を上手に整理する方法を知らず,溜め込んだ負の感情を爆発させる形で発散します。たとえば,仕事でのプレッシャーや忙しさによってストレスが蓄積したとき,些細なきっかけで部下や同僚に怒鳴りつけてしまいます。この行動を繰り返すうちに,「怒鳴る=スッキリする」という誤った習慣ができてしまいます。これは「感情の蛇口が壊れてしまった状態」に似ています。一度全開で放出するとクセになり,小さなストレスでも再び怒鳴る行動を取ってしまうようになるのです。
※怒鳴るという行動の背景にある心理の一つは,今自分に起こっていること,自分が置かれている状況を認識するために必要な情報を収集し理解することが不十分で,場を弁えないストレス発散をしてしまうものです。時と場所を弁えることはあらゆる行動の前提ですが,怒鳴るという形の表現行動は他人には迷惑なものでしかありません。ましてや,怒鳴ってストレスが解消するという思い込みは,人として恥ずかしいことだと学ぶべきです。
【理想へのいらだちで】
《説明》完璧主義からくる苛立ち
怒鳴る人の心理として意外に多いのが,完璧主義からくる苛立ちです。完璧主義の人は,理想が非常に高く,少しのミスや自分の思い通りに物事が進まない状況に我慢できません。職場の場面を例にとると,プロジェクトで細かなミスや遅れが生じただけで激しく怒鳴り,周囲を強く責めることがあります。完璧主義者にとって,自分がイメージした理想が崩れることは許せず,それを受け入れられない苛立ちが怒鳴るという行動につながるのです。ただし本人に悪意があるわけではなく,あくまで理想と現実とのギャップに耐えられない心理状態からくる行動だと理解することも大切です。
※怒鳴るという行動の背景にある心理の一つは,自分の関わっている状況が完璧であるべきとの思い込みをすることで,社会的存在感を持とうとしていることです。人には社会参画をしている責任のある人間としての自覚が必要なのですが,その妥当性が他者との関係のありようを通じて確認されなければなりません。その詰めの作業を思いがけないミスなどで邪魔をされることはあってはならないと思い込んでいます。反省を込めた怒鳴りにとどめておいた方がよいようです。
【トラウマが再現し】
《説明》過去のトラウマを無意識に再現している
怒鳴る人のなかには,自身が過去に受けたトラウマを,怒鳴る行動として無意識に再現してしまうケースがあります。
トラウマを負った経験がある人は,そのときの恐怖や不安をうまく消化できず,大人になってから似たような状況に直面すると,無意識に自分が受けた行動を再現してしまうことがあります。たとえば,子ども時代に親や教師から頻繁に怒鳴られて育った人が,大人になって職場で部下に指導するときに,無意識に怒鳴るような口調を使ってしまうことがあります。これは本人にとっても無意識の行動であり,過去の辛い体験を繰り返してしまう心理のメカニズムなのです。
※怒鳴るという行動の背景にある心理の一つは,もう一人の自分が自分の中に有ってはならない過去を抱えているという嘆きです。今日は昨日につながっているという感覚は,創造という社会的な可能性に挑戦する希望を招き寄せ,よりよく生きていくことができていく実感を生み出します。自分の生き様を明日に向かう目線で見届けるようとする生きていく意欲が,昨日の育ちの過ちを抱えていることを想起させられる状況に陥って狼狽えてしまいます。日々の行動にできなかった小さな課題があっても,それを乗り越えてできるようになってきたという体験を思い起こていくようにしてみることです。
【弱さを隠したい】
《説明》自分の弱さや不安を隠したい
怒鳴る人は,自分の弱さや不安を隠すために大きな声や威圧的な態度を取る場合もあります。実は,怒鳴る行為は強さを示すためというより,自分の弱さを悟られないための防御反応なのです。たとえば職場で,自分が苦手な業務やミスを指摘されそうな状況になると,大声で怒鳴ることで話題を逸らし,弱点を隠そうとします。これは例えるなら,「吠えることで相手を威嚇して,本当は臆病な自分を隠している犬」のような行動と似ています。自分の弱さを見せたくない一心で,怒鳴るという防衛的な行動に走ってしまうのです。
※怒鳴るという行動の背景にある心理の一つは,もう一人の自分が自分の成長を見届けなくなるものです。人が生きていく喜びを得る活動は,どのような局面でも,できない自分が反省し学習し挑戦して,その先にある成長という成果にたどり着いていくプロセスです。できない自分をもう一人の自分が寄り添って励ましていく,その二人三脚がよりよく生きていく姿になります。できない状況にある自分だからこそ成長が始められると思うことができるのに,できないということに思考が停止してしまう,その弱さから逃れたい叫びが怒鳴る行動になっていきます。できないことから始まる成長,それを経験していくことです。
○以上,怒鳴るという行動の背景にある心理に関する考察を,「生きる羅針盤」に対応させてもらいました。これまでの対応事例と同じように,あまり違和感もなく整理をすることができているはずです。それぞれの想定している世界観における具体的な表現は違っていても,人が思い至る幸せに生きる境地は本質的に同じ構造になっているようです。それぞれを別個にしておかずに,まとめていく作業から,人の生き方について深い理解が得られるのではないかと期待しています。
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社会に真剣に向き合って生きていくことは,人として誰もが願っていることです。ただ人には本能から派生する弱さもあります。その弱さを押し込めていく意思が必要になります。そしてその意思は目標を必要とします。それが羅針盤なのです。
人としてすべきことから外れないようにすることは大事であり,それは誰にとってもできることであり,気持ちの良いものです。しあわせは誰かだけにあるのではなく,皆に同時にあるものです。権利を守る,言葉は堅く響きますが,人として生きていく自然な姿であればいいのです。
(2025年07月13日)