*****《ある町の退任人権擁護委員のメモ》*****

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【共生社会と人権:その9】


 令和6年10月,ある団体から講演の依頼を受けました。先日そのお役目を終えました。その時の話を採録しておこうと思い立って,数回に分けてお届けいたします。聞きたいという方を前に語ったことが,どのように伝わったのか分かりませんが,一つでもそうなのかと思って頂けたら幸いです。よろしかったら,お付き合いください。
 講演で依頼されたテーマは「共生社会と人権」でした。依頼された団体は障害のある方と民生児童委員,人権擁護委員の方々です。この前提で話を組み立てています。講演録の第9回分です。

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【5】人権羅針盤の応用

 第8回の話の中で,高齢者・障がい者に対する人権侵害について調査した結果を「人権羅針盤」に配置をしてみました。選択肢に示された具体的な事例がどのような人権の要素に結びついているのかを羅針盤によって判断することができることを見届けてみました。さらにその上に,選択肢毎に選ばれた割合という数値の情報がありました。その割合を羅針盤上に示すという試みを追加してみます。ただし,羅針盤の各指標に複数の選択肢が対応していますが,割合表示には数値の大きい選択肢を一つだけを採用することにしています。

世論調査の侵害割合の投影です
 左の図は「侵害されたと思うこと」の数値の大きな選択肢について,その数値を羅針盤上に位置づけて,6つの選択の相対的な配置を結びつけたものです。この図から見えるように,侵害された思うことは「表現否認」が主流で,「安心差別」と「参画排除」が半分ほどで認知されているようです。啓発をする際の目標の設定に役に立ちます。
 ここで初めて示される「ネット上の人権問題」の数値分析を,右図に追加しておきます。人権問題として最近クローズアップされてきたネット表現ですが,どの種類の人権に被害が向いているかの傾向が形に表れています。つまり,「安心差別」が中心に「決断束縛」,「表現否認」,「参画排除」に波及しています。表現の自由が無遠慮,無自覚を伴ってしまうことがもたらす侵害の特徴が見えてきます。

世論調査の高齢者・障害者侵害割合の投影です
 高齢者の人権問題については,「互恵による参画」を侵害しているケースが最大で,さらに犯罪性も絡んでいることによる実害も重なっていることは深刻です。また明日への希望という領域の侵害となる「否定」,高齢者の安心を侵害する「差別」が続いて問題になっています。表現の否認という侵害についてはそれほど認識されていません。
 障害者に対する人権問題の調査結果は右図の通りです。安心を侵害する「差別」,表現を侵害する「否認」,参画を侵害する「排除」の3つの侵害が同程度になっています。日常の暮らしの人間関係がかなり厳しいという問題意識があるようです。高齢者の図面と見比べると違いが見えてきます。

世論調査の子ども・女性侵害割合の投影です
 世論調査の中で,講演では時間の関係で割愛をしていたものについて2つの結果を追加しておきます。一つは左図に示すこどもの人権問題です。「いじめを受ける」ことによる安心差別,「虐待を受ける」ことによる希望否定,「侵害に周りが無為」による成長妨害が多く,「子どもの意見の無視」による表現否認,「児童買春・ポルノ対象」となることによる参画排除,「体罰を受ける」ことによる決断束縛が少なくなって,2層構造になっています。
 右図の女性の人権問題については,「固定役割意識の差別」による安心差別,「セクハラ」による決断束縛,「管理職へ差別待遇」による参画排除,「配偶者等のDV]による希望否定の4項目が多く,「夫人・家内の女性用語」による表現否認,「AV出演の被害」による成長妨害の2つが少なくなっています。

 人権侵害の問題に対する認知・体験等の世論調査に現れている割合は「侵害を受けているのは誰であるか」によって異なった様相を示していることを,人権羅針盤上に視覚化することによって明らかにすることができました。この分析結果がもたらす知見を今後の人権擁護にどのように生かすことができるか,新たな段階を迎えることになります。
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 講演採録の第9号は以上です。次の最終号では,「人権羅針盤」を用いた人権擁護の指針を例示し,共生社会への仕合わせな願いをまとめさせていただく予定です。

(2024年12月22日)