*****《ある町の退任人権擁護委員のメモ》*****
【人権侵犯事件統計より:事例別の推移(R6追加)】
令和7年5月末に令和6年の人権侵犯事件統計が公開されました。その一部に「種類別人権侵犯事件の受理及び処理件数」があります。人権侵犯事件を人権擁護機関が種類別に処理してきた推移を見ておきます。私人間と公務員関係のそれぞれの扱い総数に対する種類別の事例の割合を概観します。
統計では,侵犯の種類別に処理件数が報告されています。ここでは,平成18年から令和6年までの総計を個人的にまとめた
侵犯事件種類別推移表
について,内容別割合の年別推移を分析してみました。結果は、以下のグラフのようになりました。活動の参考にしてください。
最初に,各年毎の人権侵犯事件受付件数の推移をグラフに示します。
図に顕著に表れているように,ゆっくりと減少の傾向があり,コロナ禍への対応としての接触抑制策が影響しているためか,事件の発生及び通報などが急激に減っていることが窺えます。私人間では平成末期に14,000件ですが,令和に入ると6,000件で推移しています。一方,公務員関係では令和元年までに4,500件とゆっくりと減少していますが,令和に入ると2,000件と落ち着いています。この落ち着きが今後定着するのか注目しておくべきです。
次に侵犯事件の中でいくつかの内容種類について,その推移を分析していきます。各年毎の事件総数に対する侵犯の種類の件数の割合を計算しています。
●まずは,暴行・虐待事例について,夫の妻に対する割合の推移を見てみます。
最近10年の推移は半減するという状況を呈しています。女性に対する暴行・虐待に関しては,人権擁護機関だけではなく,自治体などを含めて相談機関が増えていることが影響しているとも思われます。
●次は,強制・強要事例について,夫から妻に対する割合の推移を見てみます。
全体的には割合は減少の傾向が見えますが,平成から令和にかけて変化が止まり一定の割合に止まっているようです。限界なのでしょうか。具体的な事例を明確にアピールしていく個別な侵害の広報が必要です。
●暴行・虐待事例について,親の子に対する割合の推移を見てみます。
平成25年までは増加していますが,その後令和まで5%ほどの一定に止まっています。増えていないことは良いとしても,閉じた関係の親子に潜む虐待が沈下していないことは,外部からの見守り支援が限界に直面していることを示していると思われます。特に,訴えることができない子どもの心情につながるルートの充実が求められます。
●差別待遇事例について,高齢者・障害者についての割合の推移を見てみます。
障害者に対する差別待遇は,平成28年まではゆっくりと増加して,その後一旦減るかに見えて令和に入るとゆっくりと増加の傾向が見えます。障害者に対する差別については状況が不安定に動いていると察することができます。障がい者差別解消という動きが浸透することで,侵犯という判断をする機会が増えてくるでしょう。今後の地道で効果的な啓発などが必至です。
高齢者に対する差別待遇については,ほとんど一定の割合に推移しています。具体的な事例をもとに,個別の侵犯を一つ一つ減らしていくような啓発を進めるべきです。
●差別待遇事例について,同和問題の推移を見てみます。
令和に入って急激な増加を示しています。人権擁護機関としての侵犯処理が急増しているという実状が現れています。その背景については,「行政通報」による受理件数が増加傾向にあることがうかがえます。行政の人権侵犯に対する姿勢が人権擁護機関との連携に向かっていることと評価することができるようです。
●次に,相隣関係事例について,プライバシーに対する割合の推移を見てみます。
各年の割合には多少のバラツキが見えますが,傾向としては減少しています。特に令和年間では半減しているように見えます。相隣関係に大きな変化が現れたということが想定できますが,断言は早いでしょう。経過を見ることにします。
●相隣関係事例について,小公害及びその他の事案に対する割合の推移を見てみます。
小公害及びその他のいずれも割合の変化は相似形を示し,平成25年前後をピークとして減少傾向が見えます。相隣間では侵犯が発生するほどの関わり合いが無くなってきたのでしょうか。スマホを見ながら隣の人とは関わっていない車内の人間風景を思い出してしまいます。それを喜ぶべきなのか,複雑です。
●住居安全関係事例について,不動産関連に対する割合の推移を見てみます。
不動産関係の侵犯割合は平成22年を境に,その後は真っ直ぐに減少の傾向になっています。このまま減少が進んでいくのか,そろそろ落ち着いていくのか,先行きが見えてきません。侵犯がなくなることはいいのですが,内容が変化して,人権擁護機関として対応のずれが生じているのであれば問題です。侵犯内容の変遷を確認する時期が来ているのかもしれません。
●労働関係事例について,不当・法律違反以外についての割合の推移を見てみます。
不当・法違反以外の労働権に関わる侵犯はこれまでのどの侵犯より大きな割合であり,さらに一貫して増加傾向が顕著です。労働環境には厳しい事情が増えていることを懸念します。啓発に力を入れて,増加傾向を押さえ込むことが喫緊の課題と考えるべきです。具体的な策を早急に検討すべきです。
●最近注目されている誹謗中傷に関わりのあるインターネットに対する割合の推移を見てみます。
情報社会の必須であるネットの使用が増加するのと合わせて,侵犯事案も急増しています。インターネットにおける侵犯の特徴は相手が匿名であるということです。そこで,特定する特別な手続きが必要になります。さらに不都合な情報の削除が不可能でもあります。またたとえ知っている人であっても,対面していないので,対応のしようがありません。救済の道が確立できていないことがもどかしいと思われます。
●強制・強要事案について,セクハラ・ストーカーの事案に対する割合の推移を見てみます。
セクハラ事案は平成22年を最少割合として,その後は増加傾向を示しています。セクハラについてはその侵犯性がかなり広報されて行き渡っているはずですが,納まる様子は見えません。あるいは,セクハラに対する意識の高まりが,侵害を暴いているのかもしれません。
一方で,ストーカーについては,多少の変動は見えますが,大勢としてはほぼ一定の割合に落ち着いています。ハラスメントとは異なる侵犯として対処することが求められています。
●次に私人間を離れて,公務員等に関する事案を見てみます。先ず,学校におけるいじめについて推移を見てみます。
子どもにとって最も身近に現れる侵犯であるいじめは,公務員関係の領域での割合の中では圧倒的高い割合で一定の推移を示しています。関心の高い侵犯でありながら,一向に収まっていく気配がないのは,子どもの成長に対する大人の義務が果たせていないことと反省すべきです。いじめの個別の形態毎に具体的な救済の道筋を創出していく必要があります。
●教育職員関係の侵犯について,体罰及びその他の推移を見ておきます。
体罰については,平成25年頃に増えて以降減少の傾向が見えます。侵犯であるという意識が定着しているのであれば,歓迎すべきです。一方で,その他という範疇に納められていく侵犯の具体的な形に至らないいわゆる不適切な事例が増加しています。その他の事案を見届けて侵犯性を定義する事例種別として整理することも想定すべきでしょう。
●公務員等に関する事案を二つ示します。一つ目として地方公務員に関する侵犯割合の推移を見てみます。
平成年間には割合は減少していましたが,令和年間に入って増加に転じています。侵犯の内容の分析をして,新たな傾向を見届けていく手筈がなされることを期待します。
●警察官に関する侵犯事案に対する割合の推移を見てみます。
地方公務員の傾向と同じように平成年間は割合の減少が見られます。平成後半以降令和初年を別にして,割合は一定になっています。内容の整理をして,一般及び警察官への周知をすることも大事です。
●公務員関係を離れて,私人間における3つの侵犯事案を追加しておきましょう。社会福祉施設職員の関わる侵犯事案の推移を見てみます。
平成27年まではかなり急な増加傾向を示していますが,その後少しのばらついた変動があるものの推移は落ち着いているように見えます。平成28年に相模原障害者施設殺傷事件が世間を驚かせたことから,施設職員への関心が高まって,抑制が効いたのかもしれません。
●差別待遇の中で女性に対する侵犯の推移を見ておきます。
差別待遇における女性の侵犯事案について推移を見てみます。年毎の変動に明らかな特徴は無く,ばらついているように見えます。女性に対する人権侵犯には多様性があるために,差別待遇という分類に落とし込むことに曖昧さが出てくるのかもしれません。具体的なモデルケースを設定しておくことも考えることが必要です。
●強制強要の中で親の子に対する侵犯の推移を見ておきます。
親の子に対する強制と強要の推移は,緩やかではありますが減少を続けています。親の子に対する暴行虐待の推移が前述のように高止まりをしている傾向にありますが,その前段である強制強要の低下傾向は,より一層の推進を図るべきです。
取りあえずとして,以上の18件について,人権侵犯の人権擁護機関での対応の年推移を見てきました。社会状況の変動に左右される部分もあるでしょうが,人権擁護機関としてあるべき姿と付き合わせて,救済活動への注力の方針を自覚することが大事です。何ができるか,それを考える委員の気概に期待しています。
(2025年08月17日)