*******  あ た ら し い 風  *******

〜 風 と 共 に 生 ま れ る 〜

【5】 風を求める
 個人生活をはじめとして、社会なり、組織なり、国家にしても、周期的に「行き詰まり」という状況に至ります。そんなときに新しい風が求められます。
《5.1》 専門分野の行き詰まり
 風への期待は外部世界からの影響を良いものとして受け入れようとすることです。学問の世界ではひと頃盛んに学際というキーワードがもてはやされました。専門分野を結合することで、お互いに相手に対して新しい風になることが期待されていました。ある分野では常識であることが、別の分野では発想をも揺るがす起爆剤になるかもしれないということです。一方世上では国際化が時代の雰囲気です。交流によってお互いに風を感じようとしています。際とは「inter」であり、情報化もインターネットによって推進されています。新しい風はいつも閉じた社会の外から、交流の風穴を通して吹いてきます。
 サイエンスの「科」という字は穀物を升で量り分けるという意味を持ちますが、どのような升を用いるかによって学問に分野が派生し、専門領域への閉鎖性が進展しました。閉鎖することは熟成のために必要ですが、いずれは開放システムに脱皮する時期がやってきます。開放すれば新しい風に見舞われることになりますが、それは次のステップをするために必要な試練です。人類が過去に経験した数多くの改革がかすかな交流を持っていた辺境から訪れた史実を、インターというキーワードが思い出させてくれます。
 学問に限らず思考の産物は、それぞれ独自の尺度である升を使います。専門領域が閉鎖する原因は升という仮定された前提の上で構築された論理体系だからです。1+1=2の数学は 鉛筆1本+花1本 の計算には無力です。経済は経世済民ですが庶民感覚としては違っているようです。倫理学は未だに民を善導する効果的な方策を完成できていないように見えます。政治学は最大多数の最大幸福以上の指導原理を考え出せずにいます。今でも民主主義はさしあたってという但し書き付で多数決の原理で運営されています。無理難題を期待する方がルール無視なのかもしれませんが、複雑化した現実からの圧力によって専門領域を無理に拡大すると、自らの基盤である前提を超える危険もはらんでいます。原子物理学は核の開発によって物理学の守備範囲を逸脱する脅威を生みだしました。遺伝子工学によるクローンは工学に閉じこめられずに倫理学の範囲にまで侵入する怖れが出てきました。
 このような事態を招いた原因は、専門化する動向に弱点が内包されているからです。専門化とは通常深化する方向に進展します。その結果、トンネルに入り込んでいるようなもので、自らの進路のずれを検知する相対的位置関係を見失います。巷間に言われるオタッキーの閉鎖性にアブナイ雰囲気を検知する本能的感覚は的を射ています。専門領域が抱えている弱点を克服するには、初心という出発点に時々立ち戻り、学問全体の中での相対化を実行しなければなりません。すなわち学際に立つことで、新しい風を正面から迎え、専門領域の前提を統合・再構築し直す必要があります。