《陰の声 聞き漏らしたら すれ違い》

 出がけに「今日は遅くなるんでしょう」と聞かれ,「いや早く帰る」と答えたとき,ちょっとした間ができます。夕食の準備がいらない「遅くなる」を期待していたのに,「アーア,夕食がいるの」という陰の声が間をうみます。人は,事実を尋ねているようで,実は願望を語っていることがあります。野球の好きな人なら帰宅するなり「野球はまだやってるか」と言うでしょう。そのときご本人は「風呂は後,食事しながらテレビを見たい」と思っています。
 学校で「ヒロシ君が黒板に落書きしています」と先生に告げ口をします。先生が「いけないね.後で叱っておきましょう」と言ったら,子どもは満足するでしょうか。大人の世界では告げ口とは相手を陥れることですから,この対応は間違っていません。でも子どもは違います。「そう,でもあなたはしなかったのね,偉いね」とほめてやれば,「分かったんだね」とにっこりするでしょう。自分もしたかったけど我慢をした,その健気さを分かって欲しかっただけです。
 出張から帰ると,子どもはさっと鞄を抱えて持っていき,お土産を見つけると喜んでいます。ところが数日すると,部屋の隅に放り出されていることがあります。折角買って来てやったのにと思いますから,つい「大事にしなさい!」と叱りつけます。子どもにとってはお土産そのものがうれしいのではなく,買ってきてくれたことがうれしいのです。お土産は父親が出掛けても自分を忘れていなかった証拠なのです。それが確認出来れば用はありません。

(No.12:リビング北九州:97年2月15日:1194号掲載)