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ある大学の先生が学生に「行動を決めるとき何を基準にするか」と尋ねました。学生の答えは「安全」でした。先生は正義とか善や徳などを想定していたのに,予想外の返事に驚いたと書いておられました。
横断歩道の信号が赤でも,車の流れが途絶えていたら左右を確認し,「安全」なら横断する人を見受けます。赤信号とは道路交通法で横断禁止,それを知っていながら安全なら法令にも違反しています。
社会正義として常識である法が個人の安全にすり替えられて,意味の上書きがなされています。自分が安全なら社会のルールは無視されます。行為は小さな芽ですが,考えの根っこが気になります。
お寺の門前に小さな掲示板があって,「人は自分にとって都合の悪い人を悪い人と思う」と書いてありました。この言葉は我欲を消せという意味ではなくて,我欲にとらわれている自分に気づくようにというアドバイスだと思います。
子どもが親の思い通りにならないときに,つい嫌な子と思ってしまうことがあるでしょう。人の為と書けば偽という字になります。子どものためと言いながら実は親自身の都合のためではないかとチェックするゆとりが必要でしょう。
最近では子どものためという理由すら抹消されて,親の小さな都合だけで子どもを物扱いする事件も起こってきています。
一方,子どもの方も我欲に駆られて,自然に社会的悪の領域に流されていますが,そのことに気づいていない点が心配です。
自分を捨てることはできませんが,自分の都合や安全を価値判断の基準として優先するようになったら,社会は虚無に向かいます。バランス感覚というしんどい選択の能力が育つように願います。
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